宝石みたいな「手描き更紗」
インド生まれの鮮やかな更紗(さらさ)は、染織界の「インフルエンサー」だ。大航海時代には、洋の東西を問わず、人々は更紗に熱狂。日本でも、武家、茶人、町人と幅広い層が更紗の虜(とりこ)になった。
とはいえ、高価で希少な舶来品。ならばと、まずは手描きで写し始めた。やがて、日本独自の型紙を複数枚使って染める多色染めが考案され、庶民にも手が届く和更紗へと。異国趣味から和柄まで様々に染められ、人気を博したという。
西藤裕子さんは、そんな和更紗に魅せられ、手描きでオリジナルな更紗を生み出している。精緻な線、ニュアンスある色で描かれる超絶な連続文様は圧巻だ。でもなぜ、和更紗を手描きで?
型染めの小紋や更紗の老舗(しにせ)工房「富田染工芸」(東京・新宿区)に勤務しながら、個人作品として手描き更紗を制作している西藤さんは、「絵を描くことや色彩に興味があり、洋服も好きでしたが、美術方面には進みませんでした」という。が、大学卒業後に入った役所の配属先が文化財課。美術との関わりが生まれ、思い立って美大の通信教育を受けることに。そこで自覚したのが、「見るよりもつくりたい、でした」。洋服好きの延長で着物の染織に興味が向き、タイミングよく入社できたのが現在の工房だった。
仕事は分業制で、型染め担当歴約6年の西藤さんだが、入社後10年間は染め色を調合する配色に従事。「染め技法もなんとか学びたくて、かつて友禅の仕事をしていた工房の番頭さんから、手挿し、手染めの技を教わりました」。個人的な学びだったが、場所を取らない技法なのを幸いに、工房で配色をこなし、自宅に戻れば手描き、が日課に。「制約の中で表現する型染めも魅力的ですが、手描きの自由度が私は本当に好きなんです」
更紗にはもともと興味があった。「インド更紗の染めの線は、ろうけつと手描きがあって、それぞれ雰囲気が違います。工房で染める型更紗のズレや潔い線も好きです。それらを手描きで表現したら装飾的な面白さが出せるかな、と。何より自分が見てみたくて、そこから手描きの更紗が始まりました」。和更紗コレクターの素晴らしい布とも巡り合い、その優れたデザインや繊細な線を、味わいある布に細密画のごとく描いていった。
細い線を描く道具は、試行錯誤の末、水彩画用の黒テンの極細筆にたどり着いた。「コシがあって丈夫で、思いどおりの線が描けます」。色に関しては、配色の仕事をきっかけに天然染料への興味が生まれ、これも通信教育で学んだ西藤さんは、天然の染料や顔料を使っている。また、必要に応じて型紙も併用。工房仕事の経験も生かしながら、目標は「宝石 のような布を見てみたいんです」。
手間暇かかる手描きに、西藤さんは倦(う)むことなく向き合う。型染めという量産技法でインド更紗に迫った和更紗。そこに宿る美を見つめる眼(まな)差(ざ)しが、今また新しい更紗を生み出している
文=田中敦子 イラスト=なかむらるみ
たなか・あつこ 手仕事の分野で書き手、伝え手として活動。工芸展のプロデュースも。2023 年9月23日~10月1日に名古屋の「月日荘」で帯留め展を開催。9月23、24日は在廊予定。遊びにいらしてくださいね。