染め織りペディア17

西陣絣は縦横無尽

 西陣織といえば華やかな袋帯、絣かすりならば木綿や紬つむぎの民芸的な織り柄。対極にある二つが合体する西陣絣とは、さてどんなものなのだろう。「西陣絣は、西陣織の歴史にも、民芸絣の世界にも、出てこないんです」と苦笑するのは、西陣織の絣加工師である葛西郁子さん。聞けば、西陣織とは帯だけでなく着物地も多く、戦前、戦後と盛んに織られた。その一技法が西陣絣で、絣御召の矢絣がよく知られるが、「もっと自由で色鮮やかな絣がたくさんあったんです。古い見本帳を見て驚きました」。

 青森から京都の芸大に進学し染織を専攻、絣織りに熱中していた葛西さんは、大の昭和映画好きで、女優のレトロな着物に憧れていた。授業で偶然知った西陣絣はまさに昭和映画の世界。以来気にし続けていたこの仕事が、昭和の全盛期に比べるべくもなく衰退、今や絣職人は7名、しかも高齢で後継者がいないと知り、「私がやるしかない、と決めました」。

 折よく自治体の助成を得て、西陣絣の師匠・徳永弘さんの下でみっちり1年修業。その前にも、織物をしながら週一で通っていたものの、「工程が多く、流れで見ないと理解できなかった」という。西陣織は徹底した分業体制。生産性と品質を、専業の職人が各々高めてきたゆえ、分業のひとつですら多工程なのだ。 絣とは、糸の一部に防染加工を施し、文様を織り上げる技法だ。西陣絣は主に経たて絣に分類され、タテ糸を中心に防染する。防染には糸とペーパーとゴムを使う。

 まずは、デザインから起こした設計図に従い絣括くくり。場所を取らない回転式の大枠を使って括っていく。使う絹糸は細く、着物地ならば4000本は必要。この細さゆえに複雑で自由な絣が可能とわかるのは、続く工程を知ればこそ。

 なんと一旦染めに出して戻ってきたタテ糸を張り、綾取りのように指を動かしながら配列を変え、デザイン通りに文様を組み替える。さらに梯子と呼ばれる装置で、タテ糸を縦方向にずらして微妙な曲線やジグザグに。つまり縦横無尽に糸をあやつり、矢絣、壺垂れ、鳥襷など、複雑にして大胆な絣文様を生み出すのだ。 精緻な工夫に驚嘆している間も、受け渡しなどで葛西さんを訪ねる人が後を絶たない。職人として独立7年目、今やチーム西陣の頼もしき一員なのだ。

 そんな葛西さんには、もうひとつ、心強い仲間が存在する。その名も「いとへんuniverse」。西陣絣の職人のつながりが流れならば、こちらは広がり。織る人、染める人、括る人、伝える人が集い、西陣絣の可能性を世に広めるべく活動している。同世代のメンバーが賑やかに語らいながら、新しい西陣絣に挑戦。ショールや袋物、アパレルへのアプローチは、この仲間だから実現できる。「西陣絣の職人さんにも、いとへんの仲間にも、絣があったから出会えました」 絣の神様ありがとう、と葛西さん。西陣絣の救世主は、心底絣を愛している。

たなか・あつこ 手仕事の分野で 書き手、伝え手として活躍。著書多 数、工芸展のプロデュースも。この ところ帯芯が悩みの種。夏帯の芯 地の色、厚手帯地の場合の薄さ加 減。お任せしてはならじ、と反省。

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