銘々が、ともに歩む
直木賞候補作にもなった『雲を紡ぐ』 (伊吹有喜・著/文藝春秋)は、岩手県の伝 統産業「ホームスパン」をめぐる家族再生の物語。「雲」は、素材の羊毛であり、 夢や希望の象徴でもある。
ホームスパンは、そもそも「家庭で紡 がれた糸」を意味し、手紡ぎ手織りの毛 織物を示すようになった。発祥は牧羊が 盛んなイギリスやアイルランド。寒い冬 にうれしいウールだが、その昔の日本で はなじみが薄く、明治維新以後、洋装文 化の導入に伴って広がったという。
「岩手県にホームスパンが伝わったのも 明治時代の初めで、イギリス人宣教師が 地元の人に糸紡ぎや織りを指導したのが始まり」とは、「mää - mää homespun」(メーメーホームスパン)の木村加容子さんと木村つぐみさん。奇しくも嫁いで木村 姓となった2人は、糸づくりを加容子さ ん、織りをつぐみさんが担当する、ホー ムスパンユニットだ。
風土との相性もあって岩手に根付いたホームスパンは、戦後に大きく発展。現 在は最盛期の勢いこそないものの、工房 や作家は健在。「みちのくあかね会」も その1つで、2人はここのOGだ。入会 は、それぞれ子育てが落ち着いた 歳前 後。品質向上のため各工程を分業する方 針のもと、加容子さんは糸づくり、つぐみさんは織りを担い、ともに未経験ながら、その奥深さに取り憑かれた。
約10年勤めて、独立。それぞれの専門 を生かすには技術が相乗するユニットこそ理想的で、「私がつぐみさんに熱烈ラ ブコールを送りました」とは加容子さん。 2人でなら、伝統技術を継承しながら今の時代に欲しい色柄をきっと提案できる つなし、ホームスパンを未来に繋ぐため、若 い人に向けた作品もつくろう、と。
ホームスパンの工程で特徴的なのは、 毛刈りした羊毛を糸紡ぎの前に染めると ころ。単色で染めた毛をふわふわに加工 して、何色かをブレンドする。「色に深 みが出るんです」と加容子さん。これを 糸に紡いで、つぐみさんに託す。<br
機に向かうつぐみさんは、ヨコ糸をそっと静かに打ち込む。「隙間を残して織るんです。 縮絨という仕上げ作業をすると1、2割縮んでふっくら。加容子さんの糸はやわらかくてチクチクしないんですよ」。秘訣は、違う品種の毛のブレンドや糸撚り加減。マフラーは巻いた時 に立ち上がるよう、ショールは体になじ むよう、糸や織りの工夫もしている。
原毛は輸入が主だが、近年、岩手の羊 を使う「i - wool」プロジェクトが始動 した。綿羊の品種は1000とも言われ、 毛質も多種多様だが、「岩手の羊は1頭 1頭個性豊かで、牧場を訪ねて毛を確か めながら毛刈りしてもらう面白さがあり ます」と、加容子さんは腕を鳴らす。
たなか・あつこ 手仕事の分野で 書き手、伝え手として活躍。著書多 数、工芸展のプロデュースも。この ところ帯芯が悩みの種。夏帯の芯 地の色、厚手帯地の場合の薄さ加 減。お任せしてはならじ、と反省。