和紙の力と「紙布」
皮楮(がんぴ)、楮(こうぞ)、三椏(みつまた)など、樹木の繊維で作られる和紙。パルプ洋紙がもたらされる前の日本の紙は、殊更に和紙と呼ぶまでもなく、暮らしの隅々に行き渡っていた。そう、着物にだって。
紙には、破れやすく水に弱いイメージがある。そんな紙を使って、き・も・の? 和紙は植物の繊維を細かく砕いて絡ませて作るため、実はなかなかに強靭。江戸時代、商家で火事が出ると、大切な大福帳(帳簿)を井戸に投げ入れて、火から守ったという。和紙ゆえ、水の中で溶けたりはしない。
頼もしき和紙をこより状にして紙糸にすれば繊維の密度はぎゅっと高まる。この糸で織った紙布は、洗濯可能。だから、衣服にも使われてきたのだ。
歴史は詳らかではない。が、紙布作家の妹尾直子さんによれば、「忍びの者が秘密文書を運ぶのに、紙を細く割いて糸状にして布に織り込んだのが始まりという説があります」。おお、復元できる江戸版シュレッダー。
現実的には、紙が貴重だった江戸時代、古紙リサイクルの妙案として、紙糸が考え出されたものらしい。「木綿糸の代用として、自家用の素朴な紙布が全国各地で織られていたようです」
そんな紙布も愛おしい、という妹尾さんだが、彼女の心を捉え、紙布を作るきっかけとなったのは、もっと繊細な、伊達藩の将軍献上品でもあった「白石紙布」。紙布の最高峰であり、産業として複雑な織りを得意としたことから、「東の西陣」と呼ばれていたという。
美大時代に和紙に心惹かれ、越前和紙の会社に就職した妹尾さんは、植物の繊維を絡めて作る和紙を見ているうちに、繊維を織ることに目覚め、京都、沖縄と織りの本場で学んだ。が、その間も和紙愛は冷めず、修業の最中、後に妹尾さんの師となる桜井貞子さんの「白石の方法による紙布」と巡りあう。
「江戸時代初期に登場した白石紙布は、細い紙糸で織られるため、薄くて丈夫で艶があり、この布が和紙で? と感動してしまいました。桜井先生はご夫婦で白石の方法による紙布に取り組まれてきたんです」。白石紙布ではなく、「白石の方法による紙布」なのは、独自の改良が加えられているからだ。
また桜井さんは、紙布を「織る」ではなく「作る」と表現する。紙糸のこしらえと機織りの連携で布が生まれることによる。妹尾さんの紙糸作りを見てその言葉を実感。薄い平面だった和紙が、蕎麦のごとく刻まれ、もまれ、ほぐされ、するうちに、紙とは思えぬ細い糸になる。「薄く漉かれた紙を細く切るから、この糸になります。紙が糸になる瞬間ってきれいですよね」と妹尾さんは糸に話しかけるように語り、にっこり。織ること以前に、和紙そのものへの愛あってこそできる仕事なのだ。妹尾さんという、神様ならぬ紙様に愛された人が、今、紙布の伝統を受け継いでいる。
たなか・あつこ 手仕事の分野で書き手、伝え手として活躍。著書多数、工芸展のプロデュースも。2020
年は、染織系の書籍に取り組む予定。染めるように、織るように、時間をかけてつくろうと決意。東京松屋
銀座で開催される〝「七緒」の和トセトラ〞では、4月9日(木)に数寄屋袋プロジェクト「襷(たすき)」をテーマにトークショーを予定。