染め織りペディア7

青花が消えないために

長く世界中で使われてきた天然染料は個性豊かで、自然界から多彩な色を探し当てた人々の、熱意と叡智(えいち)には感服しかない。あれこれ試し、効率や堅牢(けんろう)度に難のあるものは外されていっただろう。が、儚(はかな)い色ゆえに活用された花汁もある。

花の名は青花。友禅や絞りの下絵に、色持ちはするが、水で色が落ちるゆえ、修正しやすく下絵線が跡形もなく消えると、江戸時代より重宝されてきた。

青花は、夏の朝に咲く露草と似ている。実際、私は露草=青花と思っていた。

「同じツユクサ科ですが、露草は雑草で、青花は栽培種なんです」と説明するのは、民族植物学者の落合雪野さん。約20 年、青花について研究し続けている。

「露草から花びらを大きく改良したのが青花で、種まきをして、肥料や水やりをしないと育ちません」

この青花の色素をぎゅっと濃縮して青花紙なるものをつくる。紙は墨紺色の半紙大。使用の際には塩昆布大に切って、水を数滴落とし、色素をもどして絵筆や型紙で下絵を描く。江戸時代には最先端の画期的な技術だった。一方、現在全国唯一の青花生産地、滋賀県の草津では、青花紙の過酷な製造工程ゆえ、「地獄花」と呼ばれていた。ジ、ジゴクバナ……。

毎年、7月から8月にかけてが青花紙をつくる季節だ。農家の副業として栽培から製造まで一貫して行われる。早朝に咲き、午後にはしぼむ花びらを、朝からせっせと摘んでふるいにかける。青い花びらから黄色いおしべがパラパラと降る。「花粉が混ざると下絵が残るんです」

桶(おけ)いっぱいの花びらを餅のように捏(こ)ねて揉もみ、木綿袋に入れて花汁を絞る。これを和紙に塗っては乾かし、表、裏、表、裏、花汁がなくなるまで繰り返す。

「この夏(2018年)は雨がないさけえ、花びらが薄い、薄い」と嘆くのは、中嶋正子さん。落合さんが師匠と仰ぐ青花紙名人だ。傍らの中嶋かよこさんもうなずく。女性たちが担ってきた作業は、猛暑期に朝から夕方まで、が約1カ月続く。道具は昔ながらの素朴なものばかり。ふぅ、大変!

大正期には青花成金が出るほど栄え、減ったとはいえ20 年前は11 軒あった栽培農家が、今や3軒のみとなった。「つくる人の高齢化、草津市の都市化、着物需要の減少が原因ですね」

下絵用には、青花紙に代わる化学青花もあるが、描き味が違う。しかも化学青花は熱を加えないと色が抜けない。優美な線が美しい手描き友禅のつくり手は、「断然、天然の青花」とこだわる。

「青花のフィールドワークを縁に着物を着るようになりましたが、最高峰の技術を支える材料が残らないのは残念。それに、青花を栽培して青花紙をつくる技術そのものが文化財です」という落合さんは、「私が技術を習えば、次に伝えられるかな」と師匠たちと汗だくで働く。彼女の活動で、草津市も動き始めた。落合さんの汗、青花の命脈を保つ恵みの水だ。

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はみだしペディア 滋賀県草津市では毎年「あおばな紙担い手セミナー」を開催。詳しくは草津市公式HPをご覧ください。

 

文=田中敦子 イラスト=なかむらるみ

たなか・あつこ  手仕事の分野で書き手、伝え手として活躍。著書多数、工芸展のプロデュースも。2019 年4月5日(金)~14日(日)に東京・南青山の寺田美術にて帯留め展を開催。工芸作品、帯も登場。今回のテーマは、「帯留め 小さなアートピース」です。https://teradabijyutsu.shop-pro.jp/

 

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