『紺青の鈴』 髙橋 治
作者は映画監督もやっていたからか、まるで映画のようにシーンが浮かび、場面転換の巧みさにも引き込まれます。主人公は、九谷焼作家の九代目紺谷十九蔵の娘、彩子。結婚して平穏な生活に飽きて出戻り、父の仕事を手伝っています。あるとき、彩子が知事賞に応募し、首席に選ばれるのですが、選考委員は父のライバルの弟弟子で、技法を流出させ た件で紺谷家を破門になった東山常次郎だったので、父は激怒。彩子は父の元を飛び出し、金沢美大で教鞭をとる東山教授に弟子入りを志すところから、波乱の物語が始まります。
九谷焼の第一人者の娘、彩子は父に勘当されたといっても超お嬢様育ち。結婚した姉の嫁ぎ先の家や、八代目の弟子だった十三蔵の家など、転がり込める先が複数あります。タクシー移動が多く、出かけるときには上質な着物を着こなしていて、細かい着物の描写が小説の彩りと格調を高めています。例えば、東山へ弟子入りを申し込む最初の機会には、黒っぽい泥大島で訪問。しかし「女の身で全う出来る道ではない」と追い返され、後日リベンジで訪ねたときには柔らかいけれど強い、彩子の心意気を表すような牛首紬を着用。塩瀬を若草色に染めた帯を合わせ、古九谷でよく使われるブルーとグリーンの配色を表現。祖父の八代目十九蔵が焼いた紺青の鈴を帯に差し込むという、伝統工芸の家に生まれたことを、わかる人に知らせる上級者コーデです。
ついに入門を許された彩子。父の十九蔵は気難しくて頑固でしたが、東山も破天荒でドSキャラでした。「若杉の徳利の模写」という課題を出し、何ヶ月もかかった徳利を「下衆だな」と却下。思わず泣いた彩子を、東山はディスコやバーに連れ出します。バーでは東山とただならぬ関係の秋絵と会います。厳しくしたあとに優しくして、さらに自分がモテている姿を見せて、彩子を落とそうとしているかのようです。
その後も丹念に作った美しい壺を叩き割られたりもしましたが、東山に次第に惹かれていく彩子。肌襦袢を着用せず、勝負着物のような加賀友禅姿で先生に会いに行きます。東山の家には,妻同然の女中がいることも判明。しかし彩子はひるまず、東山と温泉宿へ。芸者衆に囲まれた東山は歌や三味線を披露。いつの時代も楽器が弾ける男性は強いです。しかしその日は車を呼んであっさり彩子を帰し、肌襦袢を着ていないことを見抜いていた芸者に「野暮ッ!!」となじられるのでした。これも老練なテクでしょうか。
学生たちが東山の家に集まった日には、東山が信楽の大壺を指し「その辺の女とは較べものにならん」と言い出します。焼き物の女性は年を取らず、「永遠の美」で「命を賭けさせるものがある」と、2・5次元の壺オタク発言が飛び出し周囲を引かせました。東山を想うあまり、作品もその影響下から抜けられない彩子へのメッセージだったのでしょうか。東山も次々と女性に手を出しても結局飽きて、焼き物に勝る存在はいなかったのです。恋愛か芸術か、どちらを選ぶかに芸術家の将来はかかっているのです。
しんさん・なめこコラムニスト。『大人のマナー術』(光文社新書)、『女子校礼讃』(中央公論新社)ほか著書多数。なめ子さん愛用の器は、古道具市で買ったANAのお皿。ファーストクラスで使われていたものだそうです。
文、イラスト=辛酸なめ子 撮影=中林正二郎(snow) 選=澁谷麻美(BIRD LABEL)