『化粧』(上・下) 渡辺淳一
絶世の美人だったらどんな人生を送れるのでしょう……。京都・祇園の料亭の家に生まれた三姉妹の2年間の人生の出来事を630ページ2段組のボリュームで綴つづった『化粧』は、渡辺淳一先生が、もし美女に生まれたらという設定でやりたい放題したような作品。女の業が行間からほとばしっています。物語の中心は頼子と里子、槇子の姉妹と母親のつねという京女たち。もとは四姉妹で長姉の頼子には双子の姉、鈴子がいましたが、舞妓時代に客の実業家、熊倉に犯されて自殺。同じ男に手込めにされた頼子は、銀座でクラブのママをしながら復ふく讐しゅうを企てます。料亭「蔦乃家や」を継いで一見安泰な里子は、優しすぎる夫の菊雄に物足りなさを感じていました。末っ子の槇子は東京でバンドマンや慶應ボーイと交際し、楽しくやっています。 頼子や里子は舞妓出身ということもあり、着物シーンも随所に出てきます。出勤前、伊達巻や西陣の綴つづれ帯おびで体を締めつけていくうちに「次第に外向きの銀座のママの顔になっていく」頼子。京女の男あしらいのテクニックも見どころです。客の下心を感じると「せっかくどすけど、うちは不感症どすさかい、みなさんを失望させるだけや思うてます」と言ってかわす頼子。頼子や鈴子、里子は舞妓や芸妓として働いていた時、好きな客が来たら簪かんざしの耳を上に向けて、嫌いな客の時は下に向ける、すると嫌いな客は早く帰るというおまじないをやっていました。箒ほうきを逆さに立てるおまじないの系列でしょうか。京女で美人という最強スペックゆえか、男関係で面倒なことも多い姉妹たち。熊倉の件で基本的に男性不信で孤高の存在である頼子と対照的に、お客で来た40代の椎名専務(既婚者)に惚ほれ込んでしまう里子。頼子はそんな里子を心配し「女が男を好きになったら終わりや。深い、深い、泥沼に落ちこむようなもんえ」と、諌いさめます。里子が京の鵜う飼かい見物に椎名を誘い、淡い茶の芭蕉布に茄子紺の帯という勝負着物姿で嵐あらし山やまでデートするシーンは、美しい映像が浮かぶようです。花火の火を「怖おす」と怯おびえたり、抱かれて「うちも、好きどす」と告白したり、この京都弁の萌もえ攻撃に理性で打ち勝てる男性はいないのではないでしょうか。 いっぽう、男に弱みを見せず、常にクールでビジネスライクな頼子は、着々と熊倉への復讐を遂行。そんな中、ハプニング的に、インテリアデザイナー、日下と親密になりますが、3歳年上の彼の方が敬語で頼子の方が経験値的にも年上のようです。何か嫌なことや悲しいことがあっても男に頼らず、自分でデトックス。深夜、着物姿で背筋を伸ばし、鼓を打ちながら「ほう」「おう」「いやあ」と気合いを入れたり、白い法衣姿で滝に打たれて、般若心経を唱えながら合掌したり……鬼気迫りながらも風流すぎる浄化法です。 タイプは違っても三姉妹ともタフでしたたか。追いすがる男たちと、強い女たちの対比が鮮やかです。冒頭と最後の姉妹のお花見のシーン。桜の花が美しいのは樹の下に死体が埋まっているから、という言葉がありますが、三姉妹が美しいのは、足元が玉砕した男たちで死屍累々だからかもしれません……。
しんさん・なめこ 東京都生まれ、埼玉県育ち。漫 画家、コラムニスト。武蔵野美術大学短期大学部 デザイン科グラフィックデザイン専攻卒業。近著に『愛すべき音大生の生態』(PHP研究所)、『女子校 礼讃』(中央公論新社)など。Twitterでnameko@ godblessnamekoもチェック!