『河明り』岡本かの子
小説家である「私」が、作品に行き詰まり、 河沿いに仕事場を借りるところから物語が始まります。「貸間あり」と書かれた洋館を訪ねると、出てきた娘の美しさに驚いた主人公。 部屋、というより娘と運命の出会いをした「私」は、河沿いの部屋を借りることに。
岡本かの子本人の実体験がどの位入ってい るかは不明ですが、小説家が偶然借りた部屋で複雑な人間関係に巻き込まれていく様子に、〝持っている〞作家の引き寄せ力を見せつけられます。「私」が興味を引かれたのは「ただ寂しいと云えばあまりに爛漫として美しく咲き乱れ」ている娘でした。小女(若い女中)によると近所で「亀島河岸のモダン乙姫」と評判だそうで、ますます謎が深まります。
芸妓たちとの女子会で、娘には木下という許嫁がいるらしいことが判明。木下は女嫌いとも噂され、試しに芸妓がもたれかかっても塩対応だったとか。木下は年中船に乗り込み、海上にいて陸に寄り付かないそうです。
一方で娘は川にやたら詳しく、忍川、神田 川、古川、滝ノ川など東京の川の詳細な知識 を「私」に披露。娘の様子に何か事情があるのを察しつつ、深入りする危険を感じた「私」。もしかしたら「海」好きの許嫁と「川」好きの娘は、推しジャンルが微妙に違うので相容れないものがあるのかもしれません......。娘は食事中突然「あたくし、辛い!」と叫んだり、「気鬱症」で部屋に閉じこもったりと、目が離せません。あるとき「私」が娘の部屋を訪れると、大量の婚礼用の着物の生地があふれかえっていました。「まるで呉服屋の店先で品選りするように、 何もかも忘れて」眺めていた「私」。娘が衣 装の準備をしたのは3年前のこと。許嫁がほ とんど海から戻らない中、旧神田川流域の調 査をしている土俗地理学者の男性と知り合い、 結婚を意識するように。しかし結局、海にいる許嫁が恋しくなって縁談を断ります。川に 詳しくなったのはその男性の影響だったよう です。海に行った男性は久しぶりに帰国し、 娘に「どうしたら、私はあなたに気に入るんでしょう」と聞かれて「どうか、あなたが今よりも女臭くならないように......」と、返答。 それが娘の股引ファッションにつながったのでしょう。男性に影響を受けやすい娘です。
しんさん・なめこ 東京都生まれ、埼玉県育ち。漫 画家、コラムニスト。武蔵野美術大学短期大学部 デザイン科グラフィックデザイン専攻卒業。近著に『愛すべき音大生の生態』(PHP研究所)、『女子校 礼讃』(中央公論新社)など。Twitterでnameko@ godblessnamekoもチェック!