「細雪(ささめゆき)」の吉永小百合
昭和13年京都。春爛漫。ささやかではない豪華絢爛の桜花の春だ。蕭々の雨に閉ざされた花の下を、大阪・船場の名家の四人姉妹と、次女の婿養子・貞之助がそぞろ歩いている。貞之助は義妹たちを写真に撮ったりして浮かれている。他の花見客が振り返って指さすほどあでやかで目立つ存在だ。
『細雪』は婚期の遅れた三女・雪子が幾度もお見合いに失敗する話だ。雪子は家族が忙しいときもぬぼーっと立っているだけだし、うれしい悲しいもはっきり言わない。美しくつかみどころがないが、歯にくっついたお茶っ葉を口に指を突っ込んでつまみ出す場面があったりして「あっ、怖い」と思う。雪子の縁談をめぐり長女の鶴子と芦屋夫人の次女・幸子には本家と分家の溝がある。四女の妙子はひとり現代的で、貴金属商のドラ息子と駆け落ちを試みたりする。いろいろあったのち四人姉妹は収まるところに収まって終わる。花見、紅葉狩りという日本の四季や、絞ると桜色の液汁がぽたぽたしたたり落ちそうな美しい女たちと豪勢な着物を見せてもらって、目の贅沢をした。
雪子のお茶っ葉のように、女の怖いものがにじみ出すシーンがよかった。幸子がビタミンBが足りないときに自宅で打つ注射器(妹に打たせる)や、鶴子が風邪の用心に喉にあてる蒸気吸入器といった器具の、おっとりした船場言葉や金糸を織り込んだ帯のきゅっきゅっと締まる音ややわらかな立ち居振る舞いとは相反した、合理的で非人間的な雰囲気が怖い。貞之助が雪子の許婚を「時代遅れの中にある女らしさの理解者」と感心したときも怖い。雪子は「女らしさかいな。ふふん、思うつぼ。おおきに」といった表情を浮かべて静かにストールを畳む。4人中一番ひっそりしている雪子が、一番思い通りにしているという相反する怖さが、 なんとも優雅な虫も殺さぬ表情であらわされていた。最後は再び四人姉妹と貞之助が桜の花の下を歩くシーン。これは貞之助の見た夢かもしれない。彼は美しい雪子につままれて脚をじたばたさせながら喜びの涙をしたたらせている虫かもしれない。演じたのは石坂浩二だった。ぴったりすぎて、もうそういう人にしか見えない。
文、イラスト=浅生ハルミン
あさお・はるみん 三重県生まれ。雑誌や書籍などで活躍中のイラストレーター、エッセイスト。
著書多数で、中でも『私は猫ストーカー』(洋泉社)は、2009年映画化され、話題に。
近著にパラパラ漫画『猫のパラパラブックス』シリーズ(青幻舎)。