『人間失格 太宰治と3人の女たち』の小栗 旬


甘い言葉で女たちの心を掻き乱す太宰 治を小栗 旬が演じる。2人で藤棚に身を潜めて「大丈夫、君は僕が好きだよ」と無理に抱きしめたり、初めて一夜を過ごした別れ際に女の背中のほうから手をまわしてペンダントをつけてあげたりする。心の中がトロンとするようなセリフや仕草が繰り広げられて、見ているとドキドキする。太宰のゆかたやインバネスを羽織った着物姿も色っぽくて、モダンな和柄の帯をしゅっと締めた腰のあたりについ視線をはわせてしまう。
ストーリーは、書くためには心中でもなんでもすると同業者に陰口を言われる太宰が、『ヴィヨンの妻』や『斜陽』を世に送り出し『人間失格』を書き終えるまでを描く。事実に基づいたフィクション。そうとわかっていても見始めてまもなく、けしからんとか今なら炎上だとか、映画と実生活を混同したどうでもいい考えが頭をよぎるが、映画は観(み)たままの世界を楽しめばいいのだ。そんなふうに虚実を往復する感覚を味わいながら鑑賞した。
この映画は極彩色の刺激物である。俳優の方たちはもちろん、全部が束になって艶やかな挑発をしかけてくる。太宰を取り巻く3人の女は美しく強く、三者三様の望みを太宰にぶつけて叶(かな)える。女たちが振り回されるメソメソした悲劇ではなく、太宰のほうが受け身で搾り取られ痩せ細っていくような感じが面白くて堪能した。ブルジョアの愛人の静子(沢尻エリカ)が身籠(みごも)ったとき太宰は逃げ回って、お願いされちゃったから仕方がなかったと言い訳して軽薄だ。一方で静子はカラッとして、太宰は私の願いをすべて叶えてくれました、と自信たっぷりに薔薇(ばら)色の笑みを浮かべる。
そんな中、まだ幼い子どもをおぶって夏祭りの縁日に出かけた糟糠(そうこう)の妻・美知子(宮沢りえ)は、路地裏で太宰が最後の愛人・富栄(二階堂ふみ)に襲いかかっているのを目撃する。観ている私も緊張するシーンだ。そこで美知子は、妻でなければ言えない絶妙なセリフを残してその場を立ち去るのだ。心では泣きながら感情をあらわにしない。太宰の虚と実の両面を知っている強さを伝える。
太宰が入水(じゅすい)心中を遂げたあと、美知子は真っ青な紬(つむぎ)の着物を着た。帯は桐生(きりゅう)絞りだ。目眩(めまい)がするくらい素敵だった。鮮やかな青色、しかも無地であることが特別なエネルギーを放つ。この青色は太宰の書斎の壁と同じ色とも感じられるし、晴れやかな洗濯日和の初夏の空の色でもあった。
文、イラスト=浅生ハルミン
あさお・はるみん イラストレーター、エッセイスト。『本の雑誌』(本の雑誌社)にエッセー「こけし始めました」を連載中。昨年は粘土をこねる楽しさにはまって「猫を肩に乗せている島田を結ったお姉さん」の人形をたくさんつくりました。今年もつくっていきたい。