浅生ハルミンの銀幕のkimonoスタア42 『秋日和』の司 葉子

『秋日和』の司 葉子

みなさん、黒留袖をお持ちでしょうか。黒留袖は既婚女性が身内の結婚式や披露宴で身につける格式の高い礼装。未婚の私はそれを誂(あつら)えたことも着たこともないのですが、母や叔母は今の私と同じ歳(とし)の頃には自分の黒留袖を持っていたよね、と実家のアルバムに貼り付けてあった写真を思い出した。黒留袖は私にとって自分以外の女性たちが一分の隙もなくびしっと纏(まと)った姿を見てその迫力におののく、という位置に長らくおさまっている。

亡き夫の七回忌を終えた秋子(原 節子)は、夫の親友たち(佐分利 信、中村伸郎、北 竜二)から一人娘のアヤ子(司葉子)の嫁入り話を持ちかけられる。秋子は大学時代の彼らの憧れの人でもある。なかなか結婚しないアヤ子を結婚させるには、まず母のほうを先に再婚させようぜという計画が、料亭の小部屋で、お茶目な作戦会議のようなコメディタッチで描かれる。3人のおじさまは楽しげだが、本人そっちのけのお節介を面白がるのは彼らだけで、はた迷惑なお話。話は拗(こじ)れて、見かねたアヤ子の同僚でお寿司屋さんの娘・佐々木百合子(岡田茉莉子)が「アヤ子を困らせるな」とおじさまたちに談判する。勤務先でお仕着せの事務服ではなく私服を着てハキハキと屈託のない百合子は、おじさまたちと母娘をつなぐ重要な役どころである。

この映画には冠婚葬祭の衣装や普段着の着物まで、様々な和服が登場する。紋付きの喪服と艶のある黒い帯をばしっときめた原 節子と司 葉子の美しさにぞくぞくする。服飾学院で刺繍を教えている母の普段着は紬(つむぎ)と型染めの帯。袖口から覗(のぞ)く長襦袢(じゅばん)が帯締めと揃いの水色だ。娘の結婚式での黒留袖姿は、ふっくらした帯に金色の箔の豊かさが際立っている。こんな着方もあるのかと思っていたら着つけに詳しい友人は、「今の礼装の着方は硬めの帯板を入れてカチッとさせるのが主流だけど、帯のシルエットを柔らかくして、帯締めが自然にちょっと食い込む感じもいいな」と再発見していた。ただ、秋子のネイルはいつも意外な形と色だ。刺繍の先生であることに関係があるのだろうかと想像した。

アヤ子は丸の内に勤めていて普段は爽やかなワンピースを着ているが、いよいよの結婚式には王道の白無垢(むく)だ。美しいのは言うまでもないが、記念写真撮影の写真機の前でかっちかちに緊張したような新郎新婦の表情がたまらない。パシャッと撮られた瞬間、何かに決着がついたということが浮かび上がってきた。

文、イラスト=浅生ハルミン

あさお・はるみん イラストレーター、エッセイスト。『本の雑誌』(本の雑誌社)にエッセー「こけし始めました」を連載中。落語家の立川志の春さんの手拭いをデザインさせていただきました。ハルミンさんの晴れ着の記憶は、成人式の振袖で、「母が用意した群青色でした。重かった」そうです。

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