『舞妓Haaaan!!!』の柴咲コウ
修学旅行で訪れた京都で舞妓(まいこ)さんの美しさに圧倒された鬼塚公彦(阿部サダヲ)は、それ以来熱狂的な舞妓さんパパラッチとなり、インターネットに写真をアップしては歓(よろこ)び悶(もだ)える日々。いつか舞妓さんとお座敷遊びをしたいと夢見ているが、本業はカップラーメン会社の平社員でお座敷には縁がない。そんな時、京都へ転勤することになって、夢を叶えるために荒唐無稽な変身劇を繰り広げる。観(み)ているうちに思い至ったのは、中学生男子がそのまま大人になったような鬼塚にとって、カップラーメン会社勤務もまた猛烈に叶(かな)えたい夢だったのであり、会社に不満があって脱出するための変身などという話ではないってことだった。
鬼塚の舞妓さんに抱く「好き」という感情は、そんじょそこいらの好きではなく極限状態に達していて、常に身体のどこかに力が入っている。お尻を突き出したり、ニヒルな笑顔を決める仕草がめまぐるしく変わって最高に面白い。で、その舞妓さんへの狂おしい憧れがジェットエンジンのように作用し、無敵の早変わりを次々に繰り広げる。即席ラーメンの新商品を大ヒットさせ、プロ野球選手に転身し、はたまたヒーロー映画の主演俳優に上り詰めたかと思えば、格闘家になって市長選に立候補までしてしまう。どれも男子中学生が大好きな要素ばかりだ。この映画は心に中学生が住む鬼塚の夢が詰まった、コメディ且(か)つ変身ヒーローものに違いないのだ、と確信してゲラゲラ笑って楽しんだ。
鬼塚は駒子(小出早織)の「旦那さん」になることを夢想して、イタリアンレストランでの食事にまで漕(こ)ぎ着けた。そのとき撮影のカメラが駒子さんに接近して360度ゆっくり映すシーンがあり、私は吸いつくように着物を見てしまった。白と銀色の糸のざっくりとした織地……白のシャネルスーツを思い出す布地の半衿がふっくらと胸元を包み、その上に檸檬(レモン)色の夏着物。染め絵の大きな芙 蓉(ふよう)の花がふんわりとしていて夢見心地になった。
富士子(柴咲コウ)は鬼塚を京都までこっそり追いかけて来た元恋人。見習い修業を経て二十四、五歳で舞妓さんに転身した姿のなんとまあ艶(あで)やかなこと。広い半衿は紅白の流水紋、玉が8個もついた大ぶりな帯留めに紫色の友禅の着物。羽二重の小布を折り込んだ淡い色の小花を寄せ集めた塊がいくつもいくつも連なった豪華なつまみ細工のかんざしは、舞妓さん時代だけの装いだ。本物の花以上に花を感じて、窒息しそうになるくらい素敵。
文、イラスト=浅生ハルミン
あさお・はるみん イラストレーター、エッセイスト。『本の雑誌』(本の雑誌社)にエッセー「こけし始めました」を連載中。寝る前にコーヒー牛乳をつくって冷蔵庫に入れ、翌朝に飲むのがこのところの楽しみ。