浅生ハルミンの銀幕のkimonoスタア39 『おかあさん』の香川京子

『おかあさん』の香川京子

 昨年、東京郊外のギャラリーで原画展を開いたとき、来てくださった方から「なぜいつも三等身のおかっぱ頭の女の子を描くんですか?」と聞かれた。で、あらためて考えると、頭が大きくて重そうな人物を描くのが好きなんだとわかった。要するに幼ない子を描きたい。音の鳴る長靴(昔はあったのです)をキュッキュといわせながら一生懸命歩いたり、抱っこするとキャラメルと唾の混ざり合ったような匂いがしたり、そんなとき無闇に、か、かわいいという気持ちがせり上がってくる。なぜこんなことを書いているかというと、映画『おかあさん』が、けなげで愛らしい子どもの仕草や台詞(せりふ)をたっぷり観(み)せてくれたからだ。

 舞台である東京の小さな町は、戦争の焼跡から賑(にぎ)わいを取り戻し、ほっとした明るさにあふれている。主人公の年子(香川京子)は町のクリーニング店の長女。店の再開に奮起する父(三島雅夫)と母(田中絹代)、兄(片山明彦)、幼い妹(榎並啓子)と預かっている甥(おい)っ子(伊東 隆)の6人暮らしだ。貧しくて子どもに夏みかんを買いに行かせる時も「果物屋じゃない、八百屋よ、値段が違うから」と倹約生活。でも、悲愴(ひそう)感は少しもない。

 父は醤油(しょうゆ)をかけた炒(い)り豆と焼酎で一日の疲れを癒やし、母はあうんの呼吸でその支度をする。年子はそんな両親のことが大好き。妹とやんちゃな甥っ子も、子どもなりに家族のためがんばっています。戦争で夫を亡くした人が親戚に子どもを預けてその間に手に職をつけたり、養子に出したり、貧しい暮らしを助け合っていた時代だ。それを子どもも心得ていて、養母を気づかうさりげない仕草にほろりとした。

 朗らかな日常のすぐそばに、父や兄の死という心配事が顔をのぞかせる。母は苦労の連続である。でもこの映画で、死は感情的に叫ぶようには描かれない。ご近所の人のひと言や、ご飯茶碗(ちゃわん)を手に呆ぼう然ぜんと立ちつくす甥っ子の姿で伝えられる。毎日の食事やお布団を敷いて休むことと並列のことのように、物静かに過ぎる死。生きている者にはまた朝が来て、ご飯を食べて働くのだ。これが喪失というものなんだなと感じ入った。

  年子も母の仕事を助ける働き者だ。パン屋さんの息子と仲がいい。花嫁衣装の着つけの練習台になった年子を、嫁入りしちゃうんだと見まごうシーンが楽しい。お化粧をしていない角隠しスタイルの年子の、なんて爽やかで生き生きと晴れやかなことでしょう。

文、イラスト=浅生ハルミン

あさお・はるみん イラストレーター、エッセイスト。大河ドラマ「光る君へ」がはじまって、今年は紫式部year。ハルミンさんはNHKテキスト『趣味どきっ!』(NHK出版)にて、「源氏物語の女君たち」のイラストを担当。

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