『曽根崎心中』の梶 芽衣子
新年のお参りはどこへ行こう。故郷へ帰省しないならご近所の神社かなぁと下見に出かけた。境内にある由緒の立札を読んで嬉しくなった。おぉ、ここは菅原道真を祭っているのか。歌舞伎座で観た『菅原伝授手習鑑』で菅原道真を演ずる美しい十五代目片岡仁左衛門さんを思い出して、梅もほころぶくらいぽっといい気持ちになった。
由緒といえば、大阪の北区曽根崎の露天神社は「お初天神」と呼ばれ親しまれている有名な神社だ。元禄十六年にこの神社の森で起きた心中事件を題材に、近松門左衛門がいちはやく悲劇『曽根崎心中』を書き上げた。事件からわずか一ヶ月後に人形浄瑠璃が上演され、当時の町の人々の間で大ヒット。主人公が「お初」だったことから「お初天神」と呼ばれるようになって、今も恋愛祈願の人で賑わう。
歌舞伎や人形浄瑠璃で繰り返し上演された『曽根崎心中』は増村保造監督の映画にもなった。堂島新地天満屋の遊女・お初(梶 芽衣子)と醤油屋の手代・徳兵衛(宇崎竜童)との悲恋は、情熱的なお初の言葉によって、情死に向かう一本道をぐいぐいひた走る。
一途なお初と徳兵衛をなぶり続ける九平次(橋本 功)は憎っくき悪者。なんて奴だ! とメラメラ燃える私の心は、極悪非道を煮詰めたような橋本功の名演技でさらに煽られ盛り上がりました。
この映画は一体何回「死ぬる」という言葉が出てきた? と数えたくなるくらい悲惨な物語だが、お初の喋る言葉には、人形浄瑠璃の義太夫節の「型」が生きている。「型」があるからエンターテインメントとして安心して観ることができるのだ。凄いねぇ、芽衣子さんキレキレだねぇ、と愉しんだ。
その「型」を乗り越えてくるのが宇崎竜童の存在感。素朴な声や表情から、純粋で情にもろい青年の生々しさが溢れ出して、目が離せない。
人形浄瑠璃なら伴奏は三味線だけれど、この映画ではギターをかき鳴らすロックの音楽が使われている。なるほど、お初・徳兵衛の目指すものはロックだったんだな。二人の生きていた時代の「心中」は世の中の理不尽への抗議だったんだからな、と拳を握りしめて観た。決死のお初の衣装は、白装束の上に黒い着物を羽織り、白い帯を幅広く締めていた。日本髪の髷の結い紐の赤色が鬼気迫るかっこよさ。赤と黒は情念の色合わせですね。
文、イラスト=浅生ハルミン
あさお・はるみん イラストレーター、エッセイスト。『江戸・ザ・マニア』(淡交社)が好評発売中。2023年1月には、『本の雑誌』(本の雑誌社)にて新連載スタート! 満を持して「こけし」についてのエッセーをつづります。どうぞお楽しみに!