浅生ハルミンの銀幕のkimonoスタア31 『食べる女』の鈴木京香

『食べる女』の鈴木京香

 食欲も性欲も、「おいしい」ものをもりもり「食べる」麗しい女たちが、独自の恋道を突き進むコミカルな映画です。主人公は「モチの家」という古民家でひとり古書店を営む物書きの敦子(トン子・小泉今日子)。トン子は20代に恋人を亡くす経験をしています。裏庭に鎮座する不思議な井戸を、枯れちゃったのかしら、それとも地層の奥深くではまだこんこんと潤いが湧き出ているのかしら、とふと眺めます。恋が人生に欠かせない潤いだとすると、井戸はトン子の深層心理です。「モチの家」には気心知れた女たちが集い、菜の花の昆布締めや、鯵のサワークリーム和えやポテトサラダを平らげ、デザートの酒饅頭を頰張りながら、色情の話に花を咲かせます。

 映画を観終え、私の心は千々に乱れました。男から大事にされない理由が「尽くしすぎる」ことなんて、男と女は相も変わらずもう勘弁と心痛むし、一方では「お説教なんて邪魔はしません、お好きにどうぞ」とも思う。もしやこの映画は、自分の経験を省みて口を挟んでしまいたくなる、女たちの合宿所のようなものかもしれない。

 鈴木京香さん演じる美冬は、トン子と同世代でごはんや「道草」のおかみです。食べることにも人に食べさせることにも悦びを抱き、妹のような女友達に知恵を授けるなど包容力に溢れています。「私は小学校の時から女の極意がわかっていたってことだ」と胸を張り、「手のひらを太陽に」を歌いながら手羽先をこんがり焼いたりして豊かです。そんな美冬は見習いの板前さんを軽いのりで色情の餌食にしてしまうため(その場面は映像では出てこない)、板前さんは次々辞めていきますが、美冬は早く次の見習いが来ないかなとさっぱりしています。

 ここで注目したいのは、日常に馴染んでいる着物の良さについてです。お店で働く時も、トン子たちと家飲みする時も、美冬はいつも着物です。着物を特別なものと位置付けず、たすきや割烹着と合わせて違和感なく身近な服装にしていて参考になります。普段から自分できびきびと身支度ができて、出かける時にはイヤーカフを重ね付けしてお洒落な遊びを愉しむ美冬はかっこいいですね。

 トン子のトレードマークの羽織の和洋折衷コーディネートは、バサラ趣味風で、遊び心のある自然体。自分の生活を愉しむ自由人の雰囲気に溢れていて、真似したくなります。

文、イラスト=浅生ハルミン

イラストレーター、エッセイスト。おもな著書に『猫の目散歩』(中央公論新社)、『三時のわたし』(本の雑誌社)。近著に、江戸っ子たちがハマった趣味の世界を訪ねたイラストルポ『江戸・ザ・マニア』(淡交社)がある。

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