『女正月』の田中裕子
今回は本誌特集で映画をたっぷり採り上げますので、ここではお正月のお楽しみ、向田邦子新春シリーズのドラマから、昭和13年の東京を舞台にした傑作『女正月』をご紹介します。「女正月」とは新年1月15日の小正月のこと。この頃になると紅白かまぼこをお重に詰めたり、座敷のお客にお酒を運んだりする大忙しの手がようやくあいてほっとする、そんな台所の風景が思い浮かぶ。昭和生まれの私の実家でも、母はてんてこまいだった。私もそれを手伝った。母と二人で「帰った帰った」と言いながら大量の小皿を洗い終えて、台所でしみじみ、缶詰みかんの寒天と緑茶でおつかれさま。正月に家で寛くつろげるのは男だけでした。
大正月は男正月、小正月は女正月。女どうし集まって羽を伸ばすとき、そこで何が語られているかを男たちは何も知らない。女がしまい込んでいる家族の「神秘」。本作は、向田邦子原案、久世光彦演出による、お茶の間爆弾級の名作だ。
家族の「神秘」を一身に引き受けているのが長女・いち乃(田中裕子)。訳あって勤め先の出版社を辞し、お見合い結婚をした。温厚な夫と東京にある洗足池のそばで物静かに暮らす専業主婦だ。次女・まき恵(南 果歩)はキャリアウーマンで、危ない男・中原(小林 薫)と交際中。普段着が着物の姉とはちがい、洋装で外交的。同じ家の中に着物と洋服の人がいる時代の暮らしぶりも見どころだと思う。
その危ない男が、いち乃の昔をなぜか知っていて、蛇のようにぬらぬら入り込んでくる。やらしくて怖い。みんな吸い寄せられてしまうが、姉妹の母(加藤治子)は、普段は寡黙なのに、「なんだかあんなに簡単に人のこと褒める人、信用できないわ」とつぶやいた。
傷ついた長女を守りながら吹雪の道を帰る母が流さ すが 石だ。現役の「神秘」の塊であるいち乃を、ただ抱きしめる母もまた、「神秘」を引き受けてきたベテランなのだろう、と幻想的なシーンに引き込まれた。二人は親子を超えて連帯する女同士なのだ。どんな秘密を抱えていても、安穏な生活の中に回収することで「家族」を続けていこうとする女たちを描く向田邦子の世界は、怖いけれども魅力的でしびれます。
当時のお正月の暮らしがたくさん再現されるのも楽しい。未婚の姉妹は晴れ着の振袖。家族揃って神棚に新年のご挨拶。普段の日は着物と割烹着(かっぽうぎ) 、外出はその上に短丈の羽織。カジュアルだけどきちんとして見えていいですね。
文、イラスト=浅生ハルミン
イラストレーター、エッセイスト。2021年12月26日まで町田市民文学館ことばらんどで「浅生ハルミン ブック・パラダイス展-猫と古本を愛してやまないあなたに」開催中! 本誌映画特集では女優の〝衿〞について寄稿。