『君の名は』の淡島千景
空襲の夜に出会った美しい男女。銀座は数寄屋橋の畔、煙でくすぶる街を見つめている。いつ終わるのかわからない戦争。半年後にまたここで会おうと誓う。「君の名は?」名前を明かす間も無く離ればなれになる二人は氏家真知子(岸 惠子)と後宮春樹(佐田啓二)だ。春樹は、明日結婚するという真知子の幸せを願って送り出すが、それで終わるはずないのである。無理矢理な結婚、意地悪な姑、夫は嫉妬心からとことんいやな奴になってゆき、真知子は不幸な仕打ちに耐えながら、春樹を思いつづける。悲恋は東京から
佐渡、新潟、鳥羽、北海道、熊本、長崎を巡るスケールで、私はすれ違う二人をじりじりしながら四時間たっぷり追いかけた。元・軍人役の笠 智衆もよかった。
ほろほろと泣き崩れて耐えるばかりの真知子の姿に、もういい加減にしなよと胸を掻き毟りたくなるが、観てしまう。この映画は、主人公も観るほうも耐える映画なのかもしれない。真知子や春樹に降りかかるあんまりな出来事も、古くさいことのようでいて、その実、今も笑えないことばかりなのだ。
少女時代から美しい真知子に憧れていた綾(淡島千景)は、真知子の恋を応援する。綾はこの物語を進める語り部のような役割だ。真知子とは正反対で明るくて気っ風よく、自分の思った通りに生きている女性だ。そんな綾は着物もはっきりしたモダンな柄をお召しだった。縞や水玉、格子柄。なかでも「おしゃれー!」と忘れられないのは、意外にも、入院中の真知子を見舞う病院で着ていた着物。黒っぽい濃い色合いの無地の着物に半衿の白がキリッと、そしてギンガムチェックのような弁慶格子の柄が、袖からちらりと覗く。帯も羽織もお揃いの弁慶格子というコーディネートが、すっきりとカッコよかった。
映画の舞台になった数寄屋橋は、1929年に竣工。皇居の外濠に架かる石造りの二連アーチ橋で、前回の東京オリンピック(1964年開催)に合わせて撤去され、外濠も埋め立てられた。この映画の中でありし日の、数寄屋橋の架かる水辺の景色を観ることができる。泰明小学校の通りにあった頃の画材店・月光荘の可愛らしい看板や、今も数寄屋橋の地に鎮座するビヤレストラン・ニユートーキヨーも映る。オリンピックで変わる前の銀座の街を観ることができたのも愉しかった。
文、イラスト=浅生ハルミン
あさお・はるみん 二月大歌舞伎、片岡仁左衛門さんの「菅原伝授手習鑑」を楽しんだというハルミンさん。その後、夢心地で近所の歌舞伎に詳しい古書店へ駆け込み、あれこれ教えを請うて長居したそうです。「2020年4月現在、どちらもお休み中。再開の日を楽しみにしたいです」