浅生ハルミンの銀幕のkimonoスタア22 『男はつらいよ 寅次郎夢枕』の
八千草 薫

  麗しのマドンナからふられてばかりの寅(とら)さんに、ついに夜明けが来そうなシリーズ10作目。マドンナは八千草薫が演じるお千代ちゃんだ。

 一本気が先走って、家族内で揉(も)め事を起こすのはいつも寅次郎(渥美 清)。妹のさくら(倍賞千恵子)は「ああ見えても、気持ちは優しいもんね」といつも兄をかばい、やれやれと気を取り直す家族一同も、温かく寅さん思いだ。  

 寅さんは、今度こそ身を固める決心をする。慌てん坊のタコ社長(太宰久雄)や嬉(うれ)しくなったおいちゃん(松村達雄)はお嫁さん探しに駆け回るが、寅さんのフーテンぶりは柴又界隈(しばまたかいわい)では有名で、ことごとく断られてしまった。傷心の旅で会った山奥の旧家の奥様(田中絹代)から、行き倒れになった男の話を聞く。明日は我が身と感じて柴 又へ舞い戻ってみると、全く気が合わなそうな下宿人の大学助教授・岡倉金之助(米倉斉加年)が晩御飯を食べていた。そこに幼馴染(おさななじ)みのお千代ちゃんがやってくるのである。「嬉しいわ。寅ちゃんに会えて」とおっとり可憐(かれん)な笑い声を聞いた途端、寅さんは明るい表情に。  

 寅さんと岡倉から恋心を寄せられるお千代ちゃんは美容師さんだ。普段は楚々(そそ)としたセーターとスカートに白衣姿だが、寅さんと散歩の日は着物でおめかし(寅さん気づいて!)。紫系の紬(つむぎ)に辛子色の帯、羽織は朱色に白格子。若々しい桃色の頰と似合って、うららかな春の光のような佇(たたず)まいだ。  

 この映画は、家族に対して「労働者諸君、面倒かけるね」など、なぜか上から目線の寅さん独特の言い回しが面白くて引き込まれるし、そのほかに「家族+下宿人」という家族構成もいい。下宿人・岡倉は晩御飯の時も難しい専門書を読み自分の世界に没入していて、おいちゃんたちからすればまるで話の通じない宇宙人。ところがお千代ちゃんへの恋を機に、寅さんと交流が生まれる。そして宇宙人は宇宙人のまま、寅さんは寅さんのままで交流しているところがなんとも可お笑かしくてたまらない。  

 お店の造りも魅力的だ。「とらや」は帝釈天(たいしゃくてん)の参道に面した店部分の奥に、ちゃぶ台やテレビのある生活空間がある。誰でも入ってこられる「店」と「家族の居間」の区切りがゆるやかな間取りにも、寅さんたちの暮らしぶりがよくあらわれていると思う。

文、イラスト=浅生ハルミン

あさお・はるみん 三重県生まれ。イラストレーター、エッセイスト。著書に『私は猫ストーカー』、毎日3時ごろに何をしていたかの日記『三時のわたし』など。現在NHK Eテレ『又吉直樹のヘウレーカ!』のイラストを担当中。

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