『華の乱』の池上季実子
お嬢さん育ちで文学少女の与謝野晶子(吉永小百合)は、プレイボーイの与謝野 寛(緒形 拳)を友人の山川登美子(中田喜子)から勝ち取り、子どもを12人産み育て養い、そのうえ日本を代表する歌人になったという、生きる力の塊のような人だ。大正デモクラシーの時代に、個の確立を追い求めた「新しい女」と、精神の自由を守るため抗あらがう男たちの激しい運命が、晶子の視点を通して描かれる。 配役がすごい。全員がメインディッシュのように豪華ですごい。晶子から生きる歓よろこびを得る有島武郎を松田優作、疾風怒ど涛とうの才気走った革命家の大杉 栄を風間杜夫、大杉の妻で活動家の伊藤野枝を石田えりが演じる。松井須磨子役の松坂慶子の一人芝居もたまらなくいい。近代劇に没頭している須磨子の恍惚としたオーバーな演技は、映画の中の場が突如『サロメ』の舞台に一変するような演出で、その劇を吉永小百合や松田優作や石橋蓮司が観みているのだ。こんなにも贅ぜい沢たくな映画ならではの面白さを「ああ、いいものを観せてもらってるな」と、ただただ楽しんだ。 その中で美人雑誌記者・波多野秋子役の池上季実子の着物だけが、いつまでも忘れられない。秋子はなかなか原稿が取れないと評判の永井荷風や芥川龍之介を担当する敏腕編集者だが、自殺願望を持っているのである。夫(成田三樹夫)とは関係が悪く、屈指の美男作家・有島武郎のことを熱烈に慕った。秋子の着物はとびきりおしゃれで華やかだ。鮮烈な色合わせも、光沢も、柄の半衿を合わせることも強い印象を残す。くちびるは彼岸花のように赤く、ぞわっとする美しさをたたえている。 着物姿の美人が多く登場する日本映画を観ているとき、秋子のような衣装の人物は、主人公より早く身を滅ぼして死んでしまうことが多い気がする。とくに華やかな着物+真っ赤な口紅の人が登場すると「あ、この人は死んでしまうのかな」と無意識にその後の物語の運びを勘ぐってしまうくらいだ。赤い口紅も華やかなおしゃれも愉たのしみたい私としましては、ほっといてちょうだいと言いたくなってしまうのだけど、日本映画の中の「華やかな衣装で赤い口紅の人」にはそんな役どころの気配が波打つ。やだわあ。この映画の中の池上季実子もあまりに妖艶で美しくて、それを上回る哀かなしさが、華やかな着物の中に生きていた。
文、イラスト=浅生ハルミン
あさお・はるみん 三重県生まれ。雑誌や書籍などで活躍中のイラストレーター、エッセイスト。
著書多数で、中でも『私は猫ストーカー』(洋泉社)は、2009年映画化され、話題に。
近著にパラパラ漫画『猫のパラパラブックス』シリーズ(青幻舎)。