浅生ハルミンの銀幕のkimonoスタア16 『洲崎パラダイス赤信号』の新珠三千代

「……これからどうする?」「どうするって、お金60円しか残ってないのよ」。勝かち鬨橋から隅田川の水面をあてもなく眺めている腐れ縁の蔦枝(新珠三千代)と義治(三橋達也)。通りかかったボンネットバスに飛び乗って、洲崎パラダイスへ辿たどり着いた。川沿いの一杯飲み屋「千草」のおかみさん(轟とどろき夕起子)に頼み込んで、二人は店の2階に間借りする。蔦枝さんはお酌嬢として「千草」で働き始める。羽振りのいいお客におねだりしたり、ほいほいついて行ったり、義治のことはほったらかしだ。覇気がなく不器用な義治のお尻を叩たたきながら、自分の思うまま突き進むことが優先で、義治を大事にできない蔦枝さん。その人柄をあらわすことに着物が一役かっている。蔦枝さんは縁の下から這はい出してきた人のように髪がほつれて、変わり縞文様の着物もしわしわだ。しわがくっきりしているから「麻の着物かな」と思うくらいだ。もしそうだとしたら、しわを目立たせるために、あえて麻を選んだのかもしれない。衿元はゆるく開いて、それなのに半衿が隠れて見えないという、蒸し暑い日には風通しがよさそうだけれども、「きちんとした」といわれる着方の正反対を行っていた。きりっとした美しい女優にこのようなゆるゆるの着付けをするのは楽しいだろうな。 映画の中で蔦枝さんは、この夏着物を少なくとも6、7日間着用しつづけている。駆け落ちで着物の着替えどころじゃないってことなんだろうか、でも、夏場に毎日同じ着物を着ていて平気なんだろうか、と脳内で謎めいたのだけど、あることが起きて、あっ、すごい! そうだったのか! この場面で蔦枝さんがより一層輝くように、腕によりをかけてゆるゆるにしていたのか! と思わず拍手した。 洲崎遊郭は東京の東にあり、戦前は、吉原と肩を並べる繁華な遊郭街だった。戦後に「洲崎パラダイス」として復活して栄えた。「千草」の裏手を流れる洲崎川は今は緑道になっている。映画の中で、船遊びをする男女が店の裏口に向かって「おーい、ビール!」と浮かれた大声で注文するのが面白かった。ドライブスルーの船バージョンがあったんだな。街のうつりかわりは激しくて、昔の東京が見られなくなっていくのは寂しいけれど、今は未来の昔だ。界かい隈わいをふらふらしたくなった。この映画の最後のように気持ちいい、川風に吹かれたい。

文、イラスト=浅生ハルミン

あさお・はるみん 三重県生まれ。雑誌や書籍などで活躍中のイラストレーター、エッセイスト。
著書多数で、中でも『私は猫ストーカー』(洋泉社)は、2009年映画化され、話題に。
近著にパラパラ漫画『猫のパラパラブックス』シリーズ(青幻舎)。

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