浅生ハルミンの銀幕のkimonoスタア15 『あ・うん』の富司純子

参道で向かい合う狛犬(こまいぬ)のように、顔立ちも性格も正反対の水田(板東英二)と門倉(高倉 健)。軽妙洒脱(しゃだつ)な大人の男の役をあの健さんが? と驚いて観みると、健さんは軽快に口笛を吹く演技でそれをあらわしていた。 門倉は水田の妻・たみさん(富司純子)に恋心を抱いている。門倉は水田にお金を用立てたり、住む家の世話をしたり、はたまた自分からわざと喧けん嘩かをしかけて距離を置いたりもする。それは、たみさんへの好意はもちろん、野暮天の水田のほうっておけなさも含めて、水田一家を愛いとおしんでいるからだろう。たみさんも水田も門倉の恋心を知っている。でもそこには触れないで、不思議な釣り合い方をした三角形が出来上がっているのだ。これが大人の機微というものなのだな……。 絣かすりの着物に割烹(かっぽう)着、姉さんかぶりのたみさんが可か 愛わいい。「門倉さん、この間はありがとう」と三つ指を斜め前に落とすしぐさもかしこまってなくて、日常着の着物って素敵だ。着物に着られていない、ってこういうことを言うんだなと思った。 これは、たみさんの天真爛漫(らんまん)さからくるものと思う。門倉が夫、水田が間男に間違われたりするシーンのたびに、私の胸には「おい」と黒雲が発生するのだけれど、たみさんは「あはは、間男ですって!」と笑い転げ、それを水田本人に話したりして、悪びれるところが全然ないのだ。温泉宿ではお揃いの浴衣(ゆかた)に着替えて二人に酌をし、「私、酔うと足の裏が痒かゆくなっちゃうの」という、最高にお茶目なセリフをしゃべる。そう言われて、掻かいてあげたいと思わない人がいるだろうか。上品で真面目だけどおっちょこちょい、正真正銘のマドンナなのだ。 温泉では浴衣の帯を、胸の前で結ぶか脇で結ぶかは悩みどころ。たみさんは真ん前で片結びだった。おしゃれが好きだった原作者の向田邦子さん、衣い裳しょう考証補のなかに着物研究家の森田空美さんの名前もあった。これからは迷わず真ん前で片結びしようと思う。 大人の三角形のなかで、青春を生きる水田の娘・さと子ちゃん(冨田靖子)もよかった。大人は「いちばん大切なことは、言わないものなんでしょ」という瑞みず々みずしい声が心に残った。 よく雪が降っていた。雪は積もりゆく時間だった。いろいろありましたねぇ、今までも、これからも。大人たちを見守って、白い肩掛けのように家を包んでいた。

文、イラスト=浅生ハルミン

あさお・はるみん 三重県生まれ。雑誌や書籍などで活躍中のイラストレーター、エッセイスト。
著書多数で、中でも『私は猫ストーカー』(洋泉社)は、2009年映画化され、話題に。
近著にパラパラ漫画『猫のパラパラブックス』シリーズ(青幻舎)。

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