『犬神家の一族』の島田陽子
映画の中で、骨肉の争いと着物は仲良しだ。遺影を掲げた立派だけど古いお座敷、そこで着物姿の女たちが眉をきりきりさせる表情が映し出されると、なんかもう瞬時にして、今から欲深な恐ろしいゲームのはじまる予感がひたひたと満ちてくる。 映画『犬神家の一族』。金田一耕助役は石坂浩二。子供の頃にテレビで観て、猟奇的な場面がショックで忘れられなかった。それと一緒に、胸の中がすすけるような暗ーい空気を吸い込んだ気がしたのだけど、その正体は、欲深いことの悲しさだったのかな、と、このたび映画を観て思った。 昭和22 年、信州で製薬事業を起こして莫ばく大だいな財を手にした犬神佐兵衛の遺言をめぐり、骨肉の争いが繰り広げられ、いろいろな殺され方が出てくる。このむごい悪者の周到さにいつも先回りされて、指の先まで冷たくなる。複雑な家系図の説明に置いていかれそうになりながら、どんどん引き込まれた。 この黒々とした陰惨さは何がそうさせているんだろう。古い親族の写真、隠されていた血縁、赤いケシの花と実、犬神のお札、ノノミヤタマヨ、アオヌマシズマというどこかぬめっとした語感。そして衣装の着物にも、じとっとした怖さをつくる役目があった。犬神家の長女・松子(高峰三枝子)は気位の高い人。暗い色の紬つむぎの着物を衿元をきゅっと詰めて、ふだんでも豪華な帯にふっくらした結い髪の貫禄。この隙のない着こなしが、長女である松子さんの悲しさだよなあ、本当にご苦労さまと思う。茶系の濃淡のコーディネートは重々しくて、お金持ちの、一番年上の威厳がずしんと輝いていた。 三女・梅子(草笛光子)は、衿元を広くあけていて、遠慮のない人柄を表していた。でも中の衿が白いので、犬神家同族会社の支店長夫人の気高さもある。えんじ色の紬の柄はざくろの枝と花かしら。フラッパーだったりボブだったりする髪は軽やかで、それもまた、悲しく見えた。 この映画での着物は、人はその背景から逃れられないという悲しさや重さを表すものだった。重い着物の最高峰・喪服にあしらわれた犬神家の家紋にも目がうばわれた。
文、イラスト=浅生ハルミン
あさお・はるみん 三重県生まれ。雑誌や書籍などで活躍中のイラストレーター、エッセイスト。
著書多数で、中でも『私は猫ストーカー』(洋泉社)は、2009年映画化され、話題に。
近著にパラパラ漫画『猫のパラパラブックス』シリーズ(青幻舎)。