『浮草』の京 マチ子
夏の真っ盛りにやって来て、夏が過ぎるのを待たずに去っていった。 旅芸人一座の座長・駒十郎(二代目中村鴈治郎)と海辺の田舎町の親子に巻き起こる、ひと夏の出来事。 おいで、おいで、はじまるよ。子供たちはわくわくしながら、一座が練り歩くのを追いかけていく。灯台、潮騒、独特の瓦屋根。底が抜けたような青空にのぼり旗がはためいている。女役者の姐ねえさん・すみ子さん(京 マチ子)のゆかたは白地に大きな黒いとんぼの文様。ぱきっとした白黒のコントラストに目を奪われる。夏らしく艶あでやかで、姐さんのあだっぽい体をすっきりと包んでいる。小津監督は、画面の隅にのれんや洗濯ものや座布団を映り込ませる。雪華絞りや市松や、土や折り紙の鶴の図案がどれも絶妙で、ゆかたの文様との取り合わせも楽しい。『浮草』が撮影された波切(映画の中では「波矢」)は伊勢志摩にある。私の子供の頃の記憶では、その土地はみんなで海水浴をし、泊まりがけで写生大会に出かけ、おばあちゃんの家があり……という、子供が夏の間滞在する楽しい場所なのである。そこで過ごす時間はいつもの生活から離れたものだ。だから少しの寂しさもある。ひとときの熱狂を繰り広げる一座の存在が、過ぎていく夏と重なり合った。 駒十郎一座がこの町で芝居をするのは12年ぶり。食堂のおかみさん(杉村春子)との間にもうけた息子の清くん(川口 浩)に会いたい。20代の川口 浩、お尻が大きかった。駒十郎は清くんに父親であることを隠している。伯父のふりで将棋を指したり、魚釣りをしたり、おかみさんにおかんをつけてもらったりして再会を謳おう歌かする。駒十郎のパートナーでもあるすみ子さんはそれに気づいて、取り返しのつかないことを起こす。 一座はばらばらになってしまい、衣装も売った。着物を売ってお金に換えることに、何かを背負い込む哀かなしさを感じたのは、駒十郎が豪雨の中ですみ子さんに放った残酷な言葉を忘れられないから。でも、すみ子さんの好意を、きかん坊のようにイヤイヤしながらも受け入れる駒十郎のしぐさは色っぽく憎めない。二代目鴈治郎にはいつも「やられたぁ」と思わされるし、コラージュのような、いろいろな布地の文様を楽しめる映画でもあった。
文、イラスト=浅生ハルミン
あさお・はるみん 三重県生まれ。雑誌や書籍などで活躍中のイラストレーター、エッセイスト。
著書多数で、中でも『私は猫ストーカー』(洋泉社)は、2009年映画化され、話題に。
近著にパラパラ漫画『猫のパラパラブックス』シリーズ(青幻舎)。