『あゝ野麦峠』の大竹しのぶ
『あゝ野麦峠』は明治時代後期の製糸工場を題材にしたノンフィクション文学をもとにつくられている。明治時代後期というと、私のひいおばあさんが少女だったころだ。そのころの日本は近代化を目指し殖産興業を推し進めていて、その主力産業が少女たちが紡ぐ輸出用の生糸である。岐阜県・飛ひ騨だの寒村から長野県・岡谷の町へ、互いの腰を紐で結わえて吹雪の峠越えとなれば、ただただつらい感じの展開が予想されるけれど、さて、このつらそうな映画の中で、着物はどんな役割を担っているのだろう。
そして見はじめると、ある1枚の衣装が、映画に流れる時間をじわっと巻き戻すような、実に素晴らしくて優しい役目を果たしていた。それは主人公〝みね〞の着る、銘仙の羽織である。 政井みね(大竹しのぶ)は糸紡ぎの成績優秀のご褒美に、工場のエラい人からよそ行きの銘仙を買ってもらった。年越しの里帰りに1年間働いたお金を持って、ご褒美の銘仙の羽織でおしゃれして、胸を張ってふるさとに帰る。みねちゃんのお金のおかげで、お父さんはお酒が飲める。妹も「私も糸とり工女になる!」とはしゃぐ。でも兄さん(地井武男)だけは、心配そう。いろいろあって終盤、みねちゃんのよそ行きの銘仙がどのように見えるか、ぜひ映画で味わってください。
この映画にはこき使われたり竹刀で打たれたり、見るほうも悔し涙が出てくる場面が編み込まれているが、少女たちは溌はつ剌らつとして懸命で、決してみじめではない。ピンチになると必ずおなかの調子が悪くなる女の子、淡い恋をする女の子、仲間をかばう勇敢な女の子、さまざまな娘っこが登場する。彼女たちは合宿所のような大部屋の布団の上で、結束して地位向上の知恵を出し合う。でも一人だけ、クールな美少女・ゆきちゃんは誰とも仲良くなんかしない。そんなの関係ない。「私は金を稼ぎにきたんだ」とつぶやく。彼女は若旦那を射止めて抜きん出ようとしているのだ(その役は原田美枝子)。つっぱりのゆきちゃんと、素朴で真っすぐなみねちゃん。生き生きとしたライバル関係や、けなげで果敢な少女たち。見終えたとき、大好きで繰り返し見たドラマ『あまちゃん』やヘンリー・ダーガーの描く「ヴィヴィアン・ガールズ」に会いたくなってしまった。
『あゝ野麦峠』
1979年公開、山本薩夫監督作品。山本茂実のノンフィクション文学を映画化。
明治後期、長野県岡谷の製糸工場に、岐阜県飛騨から吹雪の野麦峠を越え、
働きに出てきた少女たちの悲しい青春を描く。
『あゝ野麦峠』
DVD発売中/4860円/発売・販売元:東宝
文、イラスト=浅生ハルミン
あさお・はるみん 三重県生まれ。雑誌や書籍などで活躍中のイラストレーター、エッセイスト。
著書多数で、中でも『私は猫ストーカー』(洋泉社)は、2009年映画化され、話題に。
近著にパラパラ漫画『猫のパラパラブックス』シリーズ(青幻舎)。