『鬼龍院花子の生涯』の夏目雅子
着物を着る、といえば今や楽しくて美しいおしゃれな趣味のひとつ。いっぽう映画の中では、着物を着た人物が登場すると「この人はなんかあるな」とか「一般市民ではないエラい人なのかな」とか「何か過去を背負ってそうだな」など、その人物を特別に仕立て
る役割を持っている。
『鬼龍院花子の生涯』はその極北だと思った。大正末期、ごろごろと雷のような声を出す土佐の侠客・政五郎(仲代達矢)の半生を養女の松恵(夏目雅子)が見届ける映画。すぐに殺し合いばかりしてやたらと血の気が多く、奔放だけれど純粋な政五郎。鉄火肌のおかみさんとお妾さん3人、実の娘と養女と暮らし、女たちは業の火花を散らしながら、家掟に縛られて生きていかねばならない。自分を高く売ろうとするお妾さんをおかみさんが殴り倒したりするし、まだ幼い松恵のことも容赦なくひっぱたく。妾たちは夜になると政五郎の寝間に呼ばれることが誇りという世界。乱れる真っ赤なじゅばんは、業や縛られた掟を生々しく表している。
「おなごが学問したらろくなもんにならん」というせりふにも、争い事を自分の色香で水に流させようとする女にも、キャー、なんかいろいろすごいなぁ、とドキドキする。登場人物のほとんど全員気性が荒く、仕返しに次ぐ仕返し、自慢の土佐犬も殺されて、冷静に止める人は誰もいません。
そんな中、松恵だけはよくぞ不良にならなかったと不思議でならない。そのわけは、おかみさんの残す言葉から、そうだったのか……とわかって、じわっとした。松恵は学校の先生になる方向に自分を貫き通したので赤いじゅばんは身につけない。その代わり終盤の有名なシーンで喪服を着る。業を表すのにはこれ以上のものはなかった。喪服には生々しい情念が閉じ込められていたが、愛する人の骨壷を見つけたとき見せる、松恵の一瞬の無邪気さがすごくよかった。「骨壷、みーっけ!」とでも言いそうな、お嬢さんのような無邪気さが、ふと、喪服から漏れてしまっていた。ごく平凡な骨壷がこの上なく愛しい宝物に見えた。 タイトルにある肝心の花子役は、高杉かほりという女優さんが演じていた。髪に結んだ、赤い大きなリボン、細い眉、三日月のような目。きつねが人間に化けたような雰囲気で、ものすごい存在感だった。
『鬼龍院花子の生涯』
1982年公開、宮尾登美子の同名小説を五社英雄監督が映画化。
侠客・鬼龍院政五郎(仲代達矢)とその実娘・花子の生涯を、
養女・松恵(夏目雅子)の目線で描く。
松恵が喪服姿で「なめたらいかんぜよ」とたんかを切るシーンが有名。
『鬼龍院花子の生涯』[Bluray]2015年9月9日発売/5076円/発売元:東映ビデオ
文、イラスト=浅生ハルミン
あさお・はるみん 三重県生まれ。雑誌や書籍などで活躍中のイラストレーター、エッセイスト。
著書多数で、中でも『私は猫ストーカー』(洋泉社)は、2009年映画化され、話題に。
近著にパラパラ漫画『猫のパラパラブックス』シリーズ(青幻舎)。