『七緒vol.60』 文様のふ・し・ぎ 橘
橘、と聞いても植物としての姿はあまりピンとこないが、古代日本で橘は、みかん類をさすそうだ。『万葉集』や『古事記』などにも登場するほど、古くから親しまれている果実で、白い小さな花と直径2〜3㎝の実をつける。
みかんを食べていると今でも子どもの頃の実家での冬の光景が思い出され る。ひんやりと冷え切った薄暗い廊下では、ダンボール箱に入ったつやつや のオレンジ色が、ポッと灯あかりをともすようにいつも顔をのぞかせていた。その記憶の中の景色は今でも私を安心させてくれるのだ。
そういえば、ひな祭りのひな壇にも「右近の橘」が飾られる。冬でもつややかな橘の葉と実の姿に、不老長寿と子どもの健やかな成長への思いを重ね、繁栄を願うものだそうだ。
薄暗い廊下のみかんも、たわわに実ったひな壇の橘も、今も昔も変わらない、平和の象徴なのかもしれない。
文=長谷川ちえ エッセイスト、器と生活道具の店「in-kyo」(福島県田村郡三春町)店主。2019年12月6日〜17日、漆作家・宮下智吉さんの個展を開催。日々の食卓で使いたくなる漆の器が並ぶ。https:// in-kyo.net
イラスト=山本祐布子