『七緒vol.55』文様のふ・し・ぎ 稲穂
黄金色の稲穂が風になびいてシャラシャラと乾いた心地よい音をさせている。目の前に広がるその景色を毎年見るたびに、手を合わせたくなるようなありがたい気持ちがこみ上げてくる。 稲は古くから大切な食料というだけでなく、富の象徴や宝として崇あがめられ、神が宿るとも信じられていた。そうしたことから、穀物と農業の神様とされている稲荷神を祭る稲荷神社の神紋として、また、家紋として多く扱われてきた。稲穂の文様が着物など身につけるものにも使われるようになるのは江戸時代以降。豊穣(ほうじょう)や富貴などの意味からお祝いの席での留袖や訪問着、袋帯などにあしらわれることが多い。 文様の世界ではハレの日に目にするものが、日々の食卓では一番身近な食材だ。神が宿るとたとえ知らなかったとしても、ピカピカの新米を前にやはり自然と手を合わせたくなるのだ。
稲穂
春に田植えをされ、夏にぐんぐん成長し、初秋に刈り取られる稲穂。文様として描かれるのは、刈り取られる前の黄金色のたわわに実った稲穂や、刈り取った後の稲を束ねた稲いな束づかが多い。実った稲田に群がり集まるすずめを描いた「稲雀」は、秋の季語でもある。
文=長谷川ちえ
エッセイスト、エッセイスト、器と生活道具の店「in-kyo」店主。移転先の福島県三春町は歴史のある寺院も多く町歩きが楽しい。http://in-kyo.net/
イラスト=山本祐布子