文様のふ・し・ぎ 9 鹿

鹿

 数年前、夜の山道を車で走っているときに1頭の野生の鹿に遭遇したことがある。慌てて急ブレーキで止まると、おびえるでもなく、威嚇するでもない真っすぐに見つめる澄んだ鹿の瞳と対峙した。その様子には動物園などで見かけるかわいらしさはなく、むしろ悠々とした風格さえ感じたことを今でもはっきりと覚えている。

 鹿は文様の世界では古代中国、そして日本でも延命長寿の象徴として古くから吉祥文に用いられている。また鹿は秋の季語としても詠まれることから、文様では紅葉などの秋の草花とともに描かれることが多い。名物裂の「有栖川文」は季節を問わず用いることができる格式のある文様のひとつ。

 奈良の春日大社の伝説によれば、神様が白鹿に乗って奈良に降り立ったことから、鹿は神の使い、「神鹿」として神聖化されている。鹿が神の使いと知れば、山で出会った威厳ある姿にも納得がいく。

 

 【鹿文様】

鹿が秋の季語とされるのは、秋に雄鹿が雌鹿を恋いて鳴く声が哀愁を帯びているためだとか。文様としては、秋だけでなく、吉祥文として季節を問わず楽しむ人も多い。イラストの「有栖川文様」は、鹿を菱ひし形などで囲んだ名物裂。有栖川宮が所蔵していたため、その名で呼ばれる。

 

 

文=長谷川ちえ
エッセイスト、エッセイスト、器と生活道具の店「in-kyo」店主。移転先の福島県三春町は歴史のある寺院も多く町歩きが楽しい。http://in-kyo.net/


イラスト=山本祐布子

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