えんぎもの 2017秋

 夕焼け小焼けの赤とんぼ、を負われて見た幼いいころの記憶はおぼろだけれど、竿(さお)の先に止まっ

ているのを見た記憶ぐらいは、もちろんある。長年、都会暮らしをしていたって、刈り取られたあとの田んぼにとんぼが飛び交う様子をイメージするのは、日本人ならたやすいことだろう。なんというか、日本の秋の原風景には欠かせない虫だ。

 赤とんぼに限らず、とんぼは日本では古来、特別な虫だったようだ。神武天皇は日本の姿を、別名「秋津」と呼ばれていたこの虫が交尾する形になぞらえたという。日本の古称を「秋津島」とするのはこのためだ。また、雄略天皇が吉野で狩りをしていると、天皇の腕を虻(あぶ)が刺した。するととんぼがその虻をくわえて飛び去ったという。この故事から、とんぼは強い虫、縁起の良い虫とされ、また、前へ前へと一直線に飛ぶように見えることから、勇猛果敢で勝負強い「勝ち虫」とされ、兜(かぶと)の前立てや武具にその意匠がほどこされるようになった。

 この勇ましいとんぼに対する印象も、ところ変わればがらりと変わるもので、英名Dragonfly、すなわち〝飛竜〞という名称は、もちろん伝説の生きもの、ドラゴンのイメージが由来。東洋では竜といえば皇帝のシンボルとされるほど神聖な尊いものだが、西洋のファンタジー文学などでは繰り返しドラゴンとの戦いが描かれるように、災いをもたらす悪魔の使い。とんぼも邪悪な存在とされるらしい。

イラスト=川口澄子 文=編集部