第二回 娘深雪運命に翻弄されながらも折れない、しなやかな強さ

惹(ひ)かれ合った男性が歌を書きつけた扇をそっと手文庫から取り出し、開いて一字一字を追う娘。ふと近づいてくる足音に気づき、思わず袂(たもと)で扇を隠そうとする一瞬……。初々しい恋心と、それゆえのおののきを捉えた《娘深雪》を描いたのは、鏑木清方(かぶらききよかた)と並び称された美人画の名手・上村松園だ。

女手ひとつ、決して豊かとは言えない境遇で育った松園は、「画壇」という男社会で女性ゆえの偏見や嫉妬にも晒(さら)されながら、清らかで凛(りん)とした女性の気品や京都の風俗を、端正な線と繊細な色彩とで描き出し、高い評価を得た。大正に入ると、ただ清らかなだけではない、嫉妬心や狂おしい愛など、内側に激しい情念を潜ませた女性像も加わり、その表現は深さを増していく。

美人画の大家とされながら、松園自身は「どんな女が美しいという固定した言いかたは出来ない」と言う。「女自身がそれぞれ自分の性質なり姿顔形なりにしっくりふさわしいものがどれだというしっかりした考えがなくて、ただ猫の目のように遷(うつ)り変わる流行ばかりを追うから」美しく見えないのだと、大正モダンガールに苦言を呈した彼女が、「昔からの日本の婦人で誰が一番好き」かと考え、指を屈したのは、「風俗からではなくて心の現われから」『朝顔日記』の深雪と淀君だ(『青眉抄・青眉抄拾遺』上村松園、講談社)。

惹かれ合った相手と離れ離れになり、嘆き悲しむあまり盲目となっても、ひたむきに1人を思い続ける『生写朝顔話(しょううつしあさがおばなし)』のヒロインに松園がまとわせたのは、やわらかな曙(あけぼの)色に染めた総鹿の子の振袖。袂と裾には葦(あし)を描いて2人が出会った宇治川の畔(ほとり)を暗示し、そこから歌を書きつけた扇がのぞく。端を片わなに結んで垂れ下げた帯は上方の歌舞伎俳優・上村吉彌(かみむらきちや)がはじめた「吉彌結び」だろうか。これから訪れる運命に翻弄(ほんろう)されても折れることなく、葦のように立ち上がる娘の、しなやかな強さを予感させずにはおかない。

文=橋本麻里

日本美術を主な領域とするライター、エディター。明治学院大学・立教大学非常勤講師、高校美術教科書の編集・執筆を行なう。近著に『京都で日本美術をみる 京都国立博物館』(集英社クリエイティブ)ほか、『変り兜 戦国のCOOL DESIGN』(新潮社)など著書多数。

「うるわしき日本の女性たち」

会場/足立美術館(島根県安来市古川町320)
会期/2014年12月1日~2015年2月28日
開館時間/9:00~17:00(新館への入場は閉館15分前まで)
休館日/無休(新館のみ、展示替えのため2015年1月29日休館)
入場料/大人2300円
問い合わせ先/0854-28-7111
http://www.adachi-museum.or.jp/