第三十一回 道成寺(山づくし)鷺娘(さぎむすめ)
44年間所在不明だった、鏑木清方の名作《築地明石町》が再発見されたお披露目として、 《新富町》《浜町河岸》の3部作が共に東京国立近代美術館で公開されたのは、2019年のこと。45日間で6万人弱(!)の観客が足を運んだという人気ぶりは、まだ記憶に新しい。それから2年余、110点以上の作品を集め、満を持して開催されるのが、「没後50年鏑木清方展」だ。今展では画業を編年で見せるのではなく、「生活をえがく」「物語をえがく」「小さくえがく」の3つの章に加えて、「東京」と「歌舞伎」のコーナーを設ける。中でも「歌舞伎」のパートの目玉となるのが、《道成寺(山づくし)鷺娘》と題された、二 曲一双の屏風。
幼い頃から両親に連れられて劇場へ通い、父の紹介で劇作家たちとも親交を持った清方は、彼らが関わる『東北新聞』や雑誌『歌舞伎』の挿絵画家に推薦され、挿画を描くことから仕事を始めた。見巧者としても信頼が篤あつく、『歌舞伎』では舞台のスケッチや劇評も手がけている。女形舞踊の代表作である「京鹿かの子こ 娘道成寺」「鷺娘」は繰り返し描いているが、両者を対にした本作は、見応えもひとしおだ。右隻の「道成寺」は、清姫の亡霊が白拍子の姿で道成寺を訪れ、舞を見せているうちに鐘にとびこみ、蛇体となって現れるが、押戻しによって屈服させられる……という一連の流れの中の「山づくし」の場面。富士山に吉野山、嵐山、中山、石山と、山の名前を読み込みながら、「末の松山いつか大江山」「恋路に通う浅間山」と恋の情趣を滲に じませ、2本の撥(ばち)で鞨鼓(雅楽に用いる両面太鼓だが、歌舞伎や能では舞具として用いる)を打ちながら舞う。引抜きで何度も衣裳を替えるのも見どころのひとつになっており、ここでは玉子色に火焰太鼓を表した振り袖を纏っている。火焰太鼓とは雅楽の屋外演奏に用いる鼉(だ)太鼓のこと。左右一対で、太鼓に三つ巴どもえ(太陽)、頂上部に雲と双龍が飾られる左方を陽、二つ巴(月)に雲と鳳ほう凰おうで飾られる右方を陰とする。歌舞伎では他にも衣裳に火焰太鼓柄が登場する演目があるが、いずれも描くのは左方(陽)の太鼓のみ。当然清方も、片袖を華やかに彩る火焰太鼓の左方側を描いている。
左隻の鷺娘は一転、白無垢に綿帽子で雪の中に佇む白鷺の精の出の場面で、動と静、極彩色と白の対比が鮮やかだ。そして嫋やかな姿態の下に潜む妄執を表すかのように、僅かに覗 く襦袢の朱に、凄艶な色気が香っている。
文、選定=橋本麻里
はしもと・まり日本美術を主な領域とするライター、エディター。公益財団法人永青文庫副館長。金沢工業大学客員教授。『図書』誌での連載をまとめた単行本『かざる日本』(岩波書店)を、2021年末に刊行。
没後50年 鏑木清方展
会場/東京国立近代美術館(東京都千代田区北の丸公園3‒1) 会期/2022年3月18日(金)~5月8日(日) 開館時間/9:30~17:00 金曜、土曜は~20:00 (最終入場は閉館30分前まで) 休館日/月曜(3月21日、28日、5月2日は開館)、3月22日(火) 観覧料/一般1800円 問い合わせ先/☎050-5541-8600(ハローダイヤル) https://kiyokata2022.jp ※《道成寺(山づくし)鷺娘》展示期間は4月5日(火)~5月8日(金)。 ※最新の情報はHPをご確認ください。