第二十六回 舞楽図屏風
どこかがおかしい、舞人たち
多くの方が、一見し てまずは舞楽を描いた 優美な屏風だなあ、とそう思うだろう。間違いではない。俵屋宗達《舞楽図屏風》と書いてもある。もしかすると、「演目は《 陵王 》かな」と口にして、連れにいいところを見せられる人もいるかもしれない。 だが、より雅楽に詳しい一部の人のアタマには疑問符が浮かぶはずだ。「この絵、何かがおかしい......?」と。
数ある古典芸能の中でもっとも古く、 また現在に至るまで絶えることなく継 承されてきたのが、雅楽である。5世紀以降、歌謡歌舞が中心であった日本 に、中国、朝鮮、遠くはインドやベトナムなどから、高度に体系化された楽曲や舞が海を越えてもたらされた。これら渡来の楽舞と日本古来の歌舞とが融合、華やかな王朝文化の中で発展と 洗練を重ね、今日に伝わる管弦と舞楽(=雅楽)が完成した。平安時代中期になると、舞楽は左右に分けられる。唐楽を中心とする左舞は、赤色系統の装束をつけ、楽曲の旋律に合わせて舞う。 こ ま がく 対する右舞は高麗楽を中心に、青・緑 系統の装束をまとい、打楽器のリズム に合わせて舞う。左舞に比べて、面を つける曲が多いのも特徴のひとつ。
なるほど、屏風には赤系の衣裳と緑 系の衣裳の舞人が描かれている。いかにも、各扇ごとに描かれた舞人(ソロ、 ペア、カルテット)が、それぞれの演目を舞っているように見えるが、そうではない。右う隻せき白色装束の者が演じるのは「採桑老」(左舞)。隣の緑色装束のペアは「納曽利」(右舞)、左隻の赤色装束は、上が「還城楽」(左舞)で、下が「陵王」(左舞)、緑色装束のカルテットが「崑崙八仙」(右舞)。左右交互に演 じられる舞楽らしい描き方ではあるが、 左隻赤色装束の2人は、まったく別の演目の舞人同士を、あたかも一対で舞う演目であるかのように配置しているのだ。宗達がなぜそんなことをしたのか、その理由はどこにも書かれていないが、筆者が想像する答えは「その方 が配置がキマるから」。
「陵王」のモデルは、中国・北斉(550〜577年)の蘭陵王長恭。あまりの美男ぶりに味方の士気が上がらず、戦場へは獰猛な仮面をつけて出陣したと伝わる。対して装いは緋色の紗地に窠紋の刺繍を施した袍を用い、その上に毛縁の「裲襠」と呼ばれる袖の無い貫頭衣を着装し、金帯を締め、手には桴を持った華麗な姿。馬上から兵士を指揮する姿を写したとされる典雅 勇壮な舞いぶりから、秀麗な素顔が想像できるだろうか。
文、選定=橋本麻里
はしもと・まり 日本美術を領域とするライタ ー 、エディター。公益財団法人永青文庫副館長。「有職(ゆうそく)組紐 道明」をテーマにした展覧会を仕込み中。ただし展示は海外、その上コロナ禍の影響で延期の可能性もありと、先が見えない中で準備中です。
御即位記念 特別展 皇室の名宝
会場/アーティゾン美術館 (東京都中央区京橋1-7-2)
会期/前期展示:2020年11月14日 (土)~12月20日(日)
後期展示:2020年12月22日(火)~ 2021年1月24日(日) ※会期中展示替えあり。
《舞楽図屏風》は前期のみ展示。
開館時間/10:00~18:00(最終入館は 閉館30分前まで)
休館日/月曜(11月23日、1月11日は開館) 11月24日 年末年始(12月28日~1月4 日) 1月12日
入館料/一般(ウェブ予約チケット)1700 円、当日チケット(窓口販売)2000円(いず れも税込み)
※日時指定予約制(ウェブ予約チケットが 完売していない場合のみ、窓口販売あり) 問い合わせ先/☎050-5541-8600(ハロー ダイヤル)