【来年延期】第二十四回 白木綿地麻葉模様浴衣 五葉蔦
絵の中から抜け出したゆかた?
そもそも「ゆかた」の語源は、貴人が蒸し風呂に入る際に着用した、麻衣「湯帷子(ゆかたびら)」から。当初は麻製だったが、江戸時代に入ると木綿栽培が盛んになり、また湯に浸つかるタイプの風呂屋が普及したこともあって、庶民も木綿地のゆかたを浴後の汗取りや、湯上がりに寛くつろぐために用いるようになった。江戸時代後期になると浴後に用いるだけでなく、庶民の中には単衣(ひとえ)や帷子の代わりに着用する者がいたり、武家の女性が雨合羽の代わりにゆかたをまとい、しごきをして雨よけに用いることもあったという。
江戸時代から現代までのゆかたの歴史を総覧すると、江戸時代のゆかたは江戸から京阪で着用され、さらに男女とも白地に藍染めがほとんどであったことが、特別展の会場を埋めるブルー&ホワイトから実感させられる。それだけに、大胆な意匠、型染め、絞り染めなどの技法を駆使して、誰よりも「いき」な着こなしを競うようになった。
型染めならば紗綾(さや)形、松皮菱(びし)に松毬(まつかさ)、よろけ地に紫陽花(あじさい)、よろけ地に霞(かすみ)と千鳥、変わり格子に流水と桜、瓢箪(ひょうたん)に紋入り蝙こうもり蝠、柳に燕(つばめ)など、細緻を極める文様を施す。絞り染めならば鳴なる海み 絞りや柳絞り、男性用には疋ひっ田た 絞りの大きいものを用い、鳶とび職はその組の記号を表した絞りをまとった。
そんな染めの見本帳を眺めながら、ゆかたを注文する女性を描いた、浮世絵などの絵画史料も、当時の雰囲気をよく伝えてくれる。
近代に入ると、重要無形文化財に指定された「長板中形」の技術を保持する清水幸太郎や松原定吉(両者とも人間国宝)、あるいは画家の鏑木清方、清水 崑がデザインしたゆかたも人気を得た。今回誌面でご紹介するのは、洋画家の岡田三郎助の《五葉蔦》。近代美人画を代表する作品だが、「ゆかた」という視点から見ると、意匠自体は江戸以来の伝統的な麻葉文様ながら、それをまとうのは浮世絵に描かれた女性とは異なる、くっきりした目鼻立ちの、いわば新時代のモダン美女。染織品の蒐集(しゅうしゅう)家でもあった岡田が、自らの審美眼で選んだコレクションをモデルに着せたものだろうか。また、当時の画家たちはアートディレクター、クリエイティブディレクター的な立ち位置で百貨店とも深く関わって、流行を生み出し、牽引(けんいん)する役目を担っていた。《五葉蔦》は明治の末、長い歴史を持つゆかたでふわりと包んだその下に、新しい欲望をかき立てる、新しい美の基準を示してみせた作品なのだ。
文、選定=橋本麻里
はしもと・まり 日本美術を主な領域とするライター、エディター。公益財団法人永青文庫副館長。金沢工業大学客員教授。発売中の『図書』(岩波書店)5月号で連載中の「かざる日本」では、京都の帯匠「誉田屋源兵衛」について取り上げている。
特別展「ゆかた 浴衣 YUKATA -すずしさのデザイン、いまむかし」
会場/泉屋博古館 京都鹿ヶ谷
(京都府京都市左京区鹿ヶ谷下宮ノ前町24)
問い合わせ先/☎075-771-6411
※2020年6月6日(土)より開催予定でしたが、本年度の開催は中止となりました。開催は来年(日程は未定)を予定しています。