第二十三回 振袖 紅紋縮緬地束熨斗模様
日本染織史の集大成華麗なる友禅を見よ!
この春の展覧会といえば、やはり東京国立博物館での特別展「きもの KIMONO」に尽きるだろう。鎌倉時代から現代までを通史的に総覧する、かつてない規模の展示で、同館での染織をメインテーマにした大型展としては、なんと47年ぶりの開催だという。
染織作品そのものから、画中に登場する屏風や浮世絵も含め、見どころが目白押し。その中でも1点となれば、やはりこのアイコニックな《振袖 紅紋縮緬地束熨斗模様》を取り上げるしかない。18世紀に婚礼衣装として作られた本作は、17世紀に登場した染色の新技法・友禅染を代表する1領。この時期、着物の歴史は目まぐるしい変化が連続する、激動の時代でもある。
江戸時代初期に、武家女性を中心に着用された綸子(りんず)地に摺箔(すりはく)で地紋を施し、刺繍と鹿の子絞りで文様を表した「慶長小袖」が確立。一方で大きな経済力を持ち始めた町人女性たちには、絞り染めで文様を表し、描絵も併用した小袖形式も人気を得る。両者は互いに影響を与え合いながら接近し、17世紀中頃に「寛文小袖」として、身分を超えた初めての小袖形式を作り上げた。
しかし17世紀末に考案された友禅染の登場で、合流した流れは再び分かれることになる。友禅染は糸状に絞り出された防染糊を施し、さまざまな色の染料を部分的に挿し染めて彩色する技法。それまで主流だった絞り染めなどに比べて、はるかに多彩で精緻な文様表現が可能になり、18世紀以降の染色技法を席巻する。町人女性たちのトレンドは、華やかな色彩による絵画的な表現、縮緬の質感がもたらす軽やかで平明な装飾性に傾いていった。一方、武家女性たちはより重厚感や立体的な質感を表現できる、絞り染めと刺繍中心の小袖へ回帰。両者の道はここで分かれ、以後、二度と合流することはなかった。
《振袖 紅紋縮緬地束熨斗模様》は町人好みの友禅染の頂点を極めた上に、旧来の刺繍や摺箔などの技法を贅沢に重ねた、豪奢極まりない婚礼衣装である。左肩で束ねられた色とりどりの熨斗(熨斗鮑のことで、婚礼の結納品目には束ね熨斗が入る)が、振袖いちめんにひるがえる、大胆かつ華やかな意匠。紅の紋縮緬地に絞り染めで熨斗の部分を白く上げ、一条ごとに金糸の刺繍で縁取り、その中に松竹梅、桐、竹、鳳凰、鶴、牡丹、青海波、蜀江(しょっこう)文などさまざまな吉祥文様を、刺繍、摺箔、絞り染めなどの技巧を凝らしながら配している。
文、選定=橋本麻里
はしもと・まり 日本美術を主な領域とするライター、エディター。公益財団法人永青文庫副館長。昨年秋より金沢工業大学客員教授。自然科学・工学稀覯(きこう)書を収蔵する「工学の曙(あけぼの)文庫」の運用・普及に当たる。著書に『SHUNGART』(小学館)ほか。
特別展「きもの KIMONO」
会場/東京国立博物館 平成館
(東京都台東区上野公園13-9)
会期/前期展示:2020年4月14日(火)~5月10日(日)
後期展示:2020年5月12日(火)~6月7日(日)
※《振袖 紅紋縮緬地束熨斗模様》は前期展示にて公開
開館時間/9:30~17:00 金曜、土曜は~21:00まで(入館は閉館30分前まで)
休館日/月曜(ただし5月4日[月・祝]は開館)
観覧料/一般1700円(税込み)
問い合わせ先/☎03-5777-8600(ハローダイヤル)