〔 艶麗な晴れの女房装束 〕
平安時代にその学識や詩才を謳(うた)われた藤原公任が選び抜いた、飛鳥時代から平安時代の名だたる歌人。柿本人麻呂、小野小町、在原業平に至る36人は「歌仙」と呼ばれ、鎌倉時代以降、その肖像が頻繁に描かれるようになる。中でも秋田藩主・佐竹家に伝わる《三十六歌仙絵巻》は、類品中最高の名品として、つとに知られてきた。 ところが明治を迎え、多くの旧大名家が歴代の武具や書画などを手放していった時期、この佐竹家の歌仙絵巻も市場に姿を現した。大正6(1917)年、佐竹家の美術品の売り立てにあたって、9軒の古美術商が合同で、《佐竹本三十六歌仙絵巻》を35万3000円で落札(現代の貨幣価値で35億円以上とも)。実業家の山本唯三郎がこれを購入するが、折からの不況で2年後には手放した。再び世に出た絵巻を単独で買い取れる者はなく、三井財閥の重鎮であり、当時の財界を代表するコレクターだった益田 孝(鈍翁(どんのう))らが発起人となり、絵巻の共同購入を呼びかける。 住友財閥当主・住友友純、野村財閥創始者の野村徳七、三越呉服店理事・高橋箒庵(そうあん)、大日本麦酒社長・馬越恭平ら、錚々(そうそう)たる数寄者たちがこれに応じ、2巻からなる絵巻は、男女の貴族、僧侶ら36人の歌仙と、巻首部分の住吉明神を加えた37枚に分割されることに。ただし「切断」したわけではない。歌仙1人は幅50㎝ほどの紙1枚に描かれ、それを継いで巻物に仕立ててある。この紙継ぎを丁寧に剝がし、「分割」した、というわけだ。そして大正8(1919)年12月20日、鈍翁邸に会した購入希望者たちは、くじ引き(!)で割り当ての絵を決めた。華やかな装いの女性歌仙は人気が高く、値付けも高額に。《小大君》は、4万円の《斎宮女御》、3万円の《小野小町》に次ぐ、2万5000円の評価を受け、鈍翁と並ぶ大数寄者と称(たた)えられた、原 富太郎(三溪(さんけい))の蔵に帰した。 有職(ゆうそく)故実のお手本のような公家の女房の正装で、いわゆる十二単(ひとえ)、唐衣(からぎぬ)に表着(うわぎ)、打衣(うちぎぬ)、衣(きぬ)(袿(うちぎ))を着け、張袴(はおりばかま)の上に裳を重ねて、腰の後部から長く裾を引く。肌着と表着の間に着ける内着の衣を「袿」というが、広く「衣」という場合はこの袿を指す。そして「衣」と「裳」のセットが正式な服装の一揃い、即(すなわ)ち「衣裳(いしょう)」というわけだ。今回の展覧会には、散り散りになった歌仙のうち、31件が出展される。絵巻が分割されてからちょうど100年、二度とない規模で歌仙たちが揃い、王朝の美が蘇(よみがえ)る、必見の展示なのである。
文=橋本麻里
日本美術を主な領域とするライター、エディター。公益財団法人永青文庫副館長。2019年4月15日発売の『BRUTUS』では、初の3碗同時公開となった曜変天目特集の構成・執筆を担当。著書に『京都で日本美術をみる[京都国立博物館]』(集英社クリエイティブ)ほか、共著、編著多数。
特別展 流転100年 佐竹本三十六歌仙絵と王朝の美
会場/京都国立博物館 平成知新館(京都府京都市東山区茶屋町527)
会期/2019年10月12日(土)~11月24日(日)
開館時間/9:30~18:00 金曜、土曜は〜20:00(入館は閉館の30分前まで)
休館日/月曜(10月14日と11月4日は開館、翌火曜休館)
観覧料/一般1600円
問い合わせ先/☎075-525-2473
※会期中、一部の作品は展示替えを行ないます。
佐竹本三十六歌仙絵 小大君(部分) コレクターたちの人気が集中し、高値が付けられた《小大君》。特別展では11月6日(水)〜24日(日)に展示される。