第二十回 待月

〔  瑞々(みずみず)しい命の華やぎを 透かす夏の装い 〕

 1936年、61歳で代表作となる《序の舞》を完成させてから8年後。1949年、74歳で亡くなる5年前。東の鏑木清方、西の上村松園と並び称された近代美人画の第一人者が、この《待月(たいげつ)》を描いたのは、晩年の充実期にあたる1944年─そして太平洋戦争中でもある─69歳の時のことだ。
 ほのかに残る宵の明かりの中で、欄干に頰杖(ほおづえ)をついて月を待つ若い女性。西洋美術の伝統では、作品中に登場する人物の身振りには意味がある。たとえば、胸に手をあてるポーズは神への忠誠、天を指すのは神や超越的世界を意味する。同様に、「頰杖」はメランコリーを表すものなのだが、女性の顔には時代の翳(かげ)りも、憂色もない。
 松園お得意のけぶるような生え際の描写から、大きく結い上げられた黒髪は大丸髷(まげ)。江戸時代中期以後から結われた女性の髪型で、当初は未婚の娘も結ったが、やがて既婚の女性が結う髪型の代表となっていく。明治以後の既婚女性のほとんどが、平時はこの髷を結っていたという。ただし年齢によって少しずつアレンジがあり、新妻なら髷は大きく華やかで、装飾用の手絡(てがら)(髪飾り)も桃色・緋(ひ)色などの縮緬(ちりめん)地を髪に掛けた。中高年になっていくと、髷の形は小さく地味になり、手絡の色も浅葱(あさぎ)色、薄紫など、年齢に合わせた色調になる。松園だけでなく、前出の清方や伊東深水も好んで描いた髪型であり、本作の頰杖をついた女性であれば、髷の大きさ、手絡の色鮮やかさから新妻であることが知れる。簪(かんざし)と揃いで挿した鼈甲(べっこう)の櫛(くし)は、画面には描かれていない月の光が宿ったかのような微光を発し、艶やかな髪を照らしている。
 その装いもまた、季節を映して清々(すがすが)しい。背に一つ紋を入れた深い青色の紗(しゃ)の着物を透かして見えるのは、まるで算盤(そろばん)の珠(たま)のように、正方形の中央にさらに小さく正方形を入れ(釘抜きの座金を模す)、これを縦に繋(つな)いで縞(しま)にした、いわゆる「釘抜き繋ぎ」の文様。臙脂(えんじ)と白に染め分けた襦袢(じゅばん)が袖と衿元にほのかに色を添え、唇に差された紅、頰や耳たぶに透ける血色と相まって、匂い立つようだ。そしてゆったりと結ばれた流水に楓(かえで)の絞りの帯に至るまで、彼女の瑞々しい若さを引き立てている。
 髪を透かし、肌を透かし、鼈甲を透かし、着物を透かしてほのかに匂う、豊麗な命の華やぎを、あくまで端正に、清潔に描くことを追い求めた、松園晩年の傑作である。

 

 

     

文=橋本麻里

日本美術を主な領域とするライター、エディター。公益財団法人永青文庫副館長。2019年4月15日発売の『BRUTUS』では、初の3碗同時公開となった曜変天目特集の構成・執筆を担当。著書に『京都で日本美術をみる[京都国立博物館]』(集英社クリエイティブ)ほか、共著、編著多数。

 

 

美人画 うるわしき女性美の世界

会場/足立美術館 (島根県安来市古川町320)

会期/~2019年8月30日(金)

開館時間/9:00~17:30

休館日/無休

入館料/大人2300円

問い合わせ先/0854-28-7111

待月 余白には淡い光と影が満ち、月の姿は描かれない。かつて藤原定家は春の夜を「大空は梅のにほひにかすみつつ……」と詠(うた)ったが、この空間には若々しい夏の香りが満ちているに違いない。

 

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