第十三回  源氏物語絵巻柏木(三)

〔 華麗な女房装束に彩られた苦悶の心情 〕

 

屏風(びょうぶ)、その後には掛け軸のような形式が主流になる以前、メディアとしての絵画の主流は「絵巻」だった。屏風のような調度を兼ねたものとも、掛け軸のような鑑賞専用の形式とも違う、手に取って広げて自由で親密な鑑賞を楽しめる絵巻は、天皇から姫君まで、貴族の世界を席巻した。

 絵巻はプロフェッショナルの宮廷絵師だけでなく、宮仕えするアマチュアの貴族女性が手すさびに描いた、「女絵」と称される絵を指すこともあった。その人気に後押しされるように、宮中の専門絵師たちも、女絵の手法を採り入れるようになったとされる。女性たちのサロンから物語と絵とが生まれてくる様子は、あたかも現代における同人誌文化を見るようでもある。

 そして11世紀初め、一条天皇の中宮彰子のサロンに仕えた紫式部によって書き上げられた『源氏物語』にも、間もなく絵がつけられるようになった。『源氏物語』の挿絵は「源氏絵」として、江戸時代にいたるまで時代ごとにさまざまな工夫を凝らしながら描き続けられていくが、本作は現存最古にして最高の『源氏物語』絵画化作品として知られる。現在まで残っている部分はわずか20段だが、制作当初は全54 帖から各1~3場面を選び、全体で120段、12巻にもなる壮大な絵巻であったと考えられている。

 なかでも「柏木(三)」は屈指の名場面だ。光源氏が正妻に迎えた女三宮が、柏木と密通したことが露見、光源氏は若き日の自分が、父の妃(きさき)藤壺と通じた因縁をそのままわが身に受けることとなる。50日の祝いを迎えた美しい赤子の―しかし実子ではない―胸に抱き、将来を案じて歌を詠む。その苦しい胸中を物語るように、画面は長押の線で鋭く二等分され、光源氏は画面上方に窮屈な姿勢で描かれている。

 光源氏がまとっているのは、男性貴族の日常着である冠直衣(かんむりのうし)で、手前に扇を手にした裳唐衣(もからぎぬ)姿の女房が従う。俗に言う十二単(ひとえ)に当たる女性貴族の礼装で、その上に広袖で身幅、袖幅ともに広い袿(うちき)を枚重数ね、さらにその上に砧(きぬた)で打って光沢を出した打衣(うちぎぬ)、表着(うわぎ)、一番上には丈が短く、綾(あや)・錦などで仕立てた唐衣を着用した上で、腰の後ろに裳をまとった。画面中央の女房が御簾(みす)と几帳(きちょう)のの間から装束の袖口と褄(つま)を簀子(すのこ)に押し出しているのは、晴れの席を装飾するためで、「打ち出(い)での衣(きぬ)」という。寝殿や牛車(ぎっしゃ)などで行なわれ、その色や文様の趣向から、男性貴族たちは女房やその主の女性の美しさ、教養の高さに思いを馳(は)せた。

文=橋本麻里

 

はしもと・まり 日本美術を主な領域とするライター、エディター。公益財団法人永青文庫副館長。新聞、雑誌への寄稿のほか、NHK・Eテレの美術番組を中心に、日本美術をわかりやすく解説。著書に『橋本麻里の美術でたどる日本の歴史』全3巻(汐文社)ほか、共編著多数。

 

 

「開館120周年記念特別展覧会国宝」

会場/京都国立博物館 平成知新館

会期/2017年10月3日~11月26日(「源氏物語絵巻柏木(三)」は10月31日~11月12日展示)

開館時間/10:00~20:00(入館は閉館の30分前まで)

休館日/月曜(10月9日は開館、翌10日休館) 

観覧料/一般1500円 

問い合わせ先/℡075-525-2473

 http://www.kyohaku.go.jp/jp/