江戸を代表する悪所場、遊郭が軒を連ねる吉原は、時代ごとにその様相を変えた。吉原最高位の遊女は「太夫(たゆう)」から「花魁(おいらん)」、そして歌川国貞が活躍した江戸後期には「呼び出し」の名で呼ばれている。彼女たち上級遊女が「太夫」を名乗っていた時代、客はいったん揚屋と呼ばれる店へ上がり、そこへ遊女を呼び寄せて遊興する仕組みだった。妓楼(ぎろう)から揚屋へ、きらびやかな盛装に身を包み、多くの供を引き連れて、吉原遊郭のメーンストリートである仲之町を進む太夫の道中こそ、太夫の位がなくなった後、ある種の「ショー」として、新造出しや仲之町花見の折に催された「花魁道中」の原形なのである。
国貞の絵は、道中の供をする振袖新造(見習い期間中の若い遊女)、番頭新造(上級遊女につくマネジャー的な遊女)、遣やり手(遊女たちの監督。古参の遊女などが務めた)、長柄傘をさしかける若い衆の姿を省き、禿(かぶろ、上級遊女の見習いを兼ねて身辺の雑用を務める少女)を従えた大黒屋・大淀の道中姿を描いている。華やかな横兵庫に結い上げた髪に挿されているべっ甲の櫛くしは2枚。これは遊郭の前身が、上方に生まれた風呂屋にあり、そこで湯女(ゆな)として客の垢(あか)を取り、櫛を使って髪を洗っていた女たちが、髪を乾かすまでの間に酒などで客をもてなす際、仕事用の櫛を外して塗り櫛を2枚挿したことにちなむという。五節供のひとつ上巳(じょうし) 、つまり桃の節句の時季なのだろうか、ひな飾りの意匠を一番上に、仕掛け(打ち掛け)を2枚、3枚と重ね、その下には小袖を3枚、さらに豪華な錦の帯を前結びにして垂らしている。着込んだ衣装の褄(つま、裾のこと)がきれいに揃っているのも、上級遊女の着こなしの特徴だ。体の線を出すセクシーさではなく、重く華麗な衣装に負けない遊女の粋と張りが、遊客たちの心をそそったのだろうか。
文=橋本麻里 日本美術を主な領域とするライター・エディター。明治学院大学・立教大学非常勤講師、高校美術教科書の編集・執筆を行なう。近著に『驚くべき日本美術』(山下裕二さんとの共著、集英社インターナショナル)、『京都で日本美術をみる 京都国立博物館』(集英社クリエイティブ)など著書多数。
「角町 大黒屋内 大淀」 19世紀前期の吉原遊郭で人気を誇った大黒屋の三輪山、扇屋の花扇ら、3人の上級遊女。その贅(ぜい)を凝らした艶(あで)姿を写した3枚続きの豪奢(ごうしゃ)な美人画は、今で言うモード雑誌のファッショングラビアか。
歌川国貞 天保前期(1830139)Nellie Parney Carter Collection―Bequest of Nellie Parney Carter, 34.424-b Photograph © 2015 Museum of Fine Arts, Boston
「ボストン美術館所蔵 俺たちの国芳 わたしの国貞」
会場/Bunkamuraザ・ミュージアム(東京都渋谷区道玄坂2-24-1)
会期/2016年3月19日~6月5日
開館時間/10:00~19:00 毎週金曜・土曜は21:00まで
(入館は20:30まで)
休館日/無休 入館料/一般1500円
問い合わせ先/☎03-5777-8600(ハローダイヤル)