2014年のニュースに「世紀の発見」という見出しが躍ったように、喜多川歌麿《深川の雪》は、昭和27(1952)年、銀座松坂屋で開催された「歌麿生誕二百年祭浮世絵大展覧会」で出品されたのを最後に、長く行方がわからなくなっていた、肉筆浮世絵の大作だ。残された古い白黒写真だけを手掛かりに、研究者や浮世絵ファンはどのような作品かと想像を膨らませてきたが、62年ぶりで姿を現した《深川の雪》は、浅葱(あさぎ)色のすやり霞(がすみ)や、渋い藍や黒、茶に赤を効かせた着物、床板のやわらかな黄など、鮮やかな色彩が見事に残っていた。傷んだ表具を取り替え、補修をほどこし、展示できる状態まで戻したところで、箱根に開館した岡田美術館の所蔵品として、時期を限って再公開されている。
《深川の雪》は、同じく歌麿の肉筆浮世絵《品川の月》(フリーア美術館蔵)、《吉原の花》(ワズワース・アセーニアム美術館蔵)とともに三部作の一部をなす大作として知られる。品川、吉原、深川という遊里で営まれた料亭や妓楼(ぎろう)を舞台に、それぞれの遊里らしさを装いやしぐさ、風俗に託して、女性たちの群像を華やかに描いた。
画面の中で目を引くのが、遊女たちの唇を彩る紅の色だ。私たちが通常考える赤と明らかに違う、緑色が見える。実はこれは、「飛光紅」「小町紅」などと呼ばれて同量の金と同じ価格で取引される純度の高い紅。99%は黄色の色素で占められた紅花から、手間ひまをかけて赤の色素だけを抽出、精製を重ねていくと、紅はやがて赤色の翳かげりを秘めた、玉虫色の輝きを呈するようになる。市中で取引された商品は、杯の内側に塗りつけ、乾燥させて仕上げてあったが、これに水を含ませた筆を置けば魔法のように赤色が溶け出す。そして繰り返し刷(は)き重ねることで、唇に玉虫色の光が宿るのだ。大籬(おおまがき)の遊女や御殿女中ら、化粧料に金をかけられる女性しかできない贅沢(ぜいたく)極まりない装いは、江戸の女たちから「笹紅」と呼ばれた憧れの化粧法であったのだ。
文=橋本麻里
はしもと・まり
日本美術を主な領域とするライター・エディター。明治学院大学・立教大学非常勤講師。この春、マガジンハウスより『The Story of L'OSIER 最高のレストラン「ロオジエ」最上のおもてなしの秘密』を刊行するなど、著書多数。
あの歌麿が帰ってきた! 「深川の雪」再公開
会場/岡田美術館(神奈川県足柄下郡箱根町小涌谷493-1)
会期/~2015年8月31日 開館時間/9:00~17:00(入館は16:30まで)
休館日/会期中無休 入館料/2800円
問い合わせ先/☎0460-87-3931 http://www.okada-museum.com/