新 手仕事ニッポン14

井波彫刻の雲棚 (富山県・南砺市井波地区)

大切なものは雲の上。

箱を開けたとたん、楠(くすのき) のかぐわしさに思わず深呼吸。薄紙をめくると、躍動感溢(あふ) れる彫刻が姿を現す。

雲、である。それは現実の空を見上げても見つけられない神話の雲。天を泳ぐ龍(りゅう) 、あるいは羽衣をまとった天女の傍らにモクモクと渦を巻いている様子をすぐに思い浮かべるのは、この雲が私たちにとってお馴染(なじ) みのモチーフだから。寺社仏閣、祭りの神輿(みこし)や山車(だし) など、神聖な場で頻繁に目にしてきた。それは、井波彫刻の歴史そのものでもある。

古(いにしえ) の南北朝時代。京都・本願寺の別院として井波の町に建立された井波別院瑞泉(ずいせん) 寺が幾度もの火災に遭い、修復のたびに京都から御用彫刻師が派遣されたという。不幸な機会ではあったものの、そのたびに地元の大工へと受け継がれた技術が、今の伝統的工芸の原点となっているのだ。

井波の技術が凝縮されたこの美しい雲は、欄間彫刻など、広い世界観をクローズアップすると見えてくる細部の意匠だ。そしてこの雲、ただの飾りではなく独立した棚である。その名も「雲棚」。〝いのり〟をテーマにするブランド「ここかしこ」のオリジナル品だ。発案者いわく、神社札だけではなく大切なものを置いてほしい。それが手紙でも、当選待ちの宝くじでも現金でもかまわないそうな。

大切なものは人それぞれだが、大事が優れれば頭より高いところへ置いておきたくなるのが人情。大切なものは雲の上。かぐわしく荘厳な雲の上に、あなたなら何を置く?

 ----------------------------------------------------------------------------------

「雲棚」 井波彫刻の歴史は中世にまで遡(さかのぼ)る。瑞泉寺の再建の折に、京都からやってきた御用職手仕事人から、地元の大工が直々に伝授された技術が原点だ。時代を経て、仕事の需要は住居の欄間や置物などへと移っていった。面白いのはこの仕事が分業ではないこと。やすりなどの磨くための道具は一切用いず、鑿(のみ)だけで艶のある木肌に仕上げる。雲棚2万3760円。「ここかしこ」http://kokokashiko.jp/

 

文、セレクト=つるやももこ 撮影=尾嶝 太

つるや・ももこ 旅・道具・暮らしと人をテーマに執筆。2017年 10月、ハワイ・カウアイ島を初めて旅し、静かで雄大な景色に感動。なぜだか沖縄の西表島と印象が重なりました。