「堆漆」のリング (NatsukoMinegishi)
日本という名の宇宙。
漆芸の技法のひとつに、堆漆(ついしつ) というものがある。何かを積み重ねたり積み上げたりすることを「堆(うずたか) い」と言うが、時間や手間を彷彿(ほうふつ) とさせるその言葉通り、この技法は、ガラス板に漆を塗っては乾かしをひたすら繰り返し、漆の板をつくり上げるというものだ。完成までに200~300回も同じ工程を繰り返すため、短くて1年は要する。ガラス板から外した貴重な堆漆板をカットして削り、磨きを重ねた欠片(かけら) はまるで鉱石のようで、リングを手に取りすぐに、顔を近づけ目を凝らした。
つくり手は、香川にある漆芸の研究所で修業を積んだ。学生時代に漆と出会ったとき、緻密に塗り重ねることで生まれる漆の吸いつくようななめらかな質感、量感がありながらも軽やかな、素材そのものに惹(ひ) かれ、まず何をつくりたいかではなく、漆という素材をもっと深く知りたくなったという。修業中、茶道具や箱づくりのためにカットして残った堆漆板の欠片に目が留まり、それがまるで貴重な宝石のようで、堆漆板でジュエリーをつくることは、ごく自然な流れだった。
リングをはめた手元をあらためて見つめる。四角い宝石は、たとえば惑星の表面のような、あるいはもっと果てしない、大小の星々が渦を巻き、層を成す銀河系そのもののようにも見えてくる。かつて漆(器)は欧州でjapanと呼ばれて珍重された。生まれ育った国の名を持つ美しい手仕事。この折り重なる彩りは時間そのものだ。自分しか知らない小さな秘密がそっと指にある。
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「堆漆のリング」漆芸の中の伝統技術のひとつ、「堆漆」の技法をメインに、漆と異素材を組み合わせるアクセサリーブランド「NatsukoMinegishi」。作家の峰岸奈津子さんは香川県漆芸研究所にて研さんを積み、日本伝統漆芸展などで作品を発表、ブランドを設立。漆のなめらかな素材の魅力や変化に富んだ色の美しさを肌で感じてほしいとジュエリー制作を行なう。キューブリング各2万520円。http://natsukominegishi.com/
文、セレクト=つるやももこ 撮影=尾嶝 太
つるや・ももこ 旅・道具・暮らしと人をテーマに執筆を行なう。北九州市発行のフリーペーパー『雲のうえ』は今年で創刊10周年。11 月発行の25号は関門海峡を特集。海の仕事や海のそばの暮らしをレポートしています。