江戸小紋 のストール(東京都・新宿区)
点と線のひそやかな美。
よくよく顔を近づけて見てほしい。カシミヤストールの、やわらかな海原を縦横無尽に泳ぐのは、大きな口を開けたシャークである。怖さに勝るなかなか愛嬌(あいきょう)のある風情は、江戸小紋の鮫(さめ)柄という型染めの伝統技法を用いて生み出されている。
江戸小紋は、針の先ほどの細かなドットで線を描き文様の世界を表現する。遠くから見れば無地のようで、近づくとそこに技巧を尽くした染めがなされているのが醍醐味(だいごみ)だ。なぜこんな複雑な技が生み出されたかといえば、大名が武道ではなく装いの豪華さで競い合う風潮を幕府がとがめたからといわれていて、周囲には目立たず、でも自分の中でひっそりと楽しむおしゃれの世界がそこにある。
「鮫」は、江戸小紋に古くから存在する伝統柄。弧を描く点が重なり合い展開することで、鮫肌のきめを表現しているそれは、松葉や紅葉など形ある自然物を描く視点とは違い、よりミクロの世界を表現しているのが特徴だ。「廣瀬染工場」の四代目・廣瀬雄一さんによれば、それこそ江戸小紋の真骨頂。この無限の広がりと可能性がある文様を現代風に捉え直すことで、着物の着こなしをより豊かにし、そしてストールに江戸小紋ならではのしゃれを落とし込むことで、広くその技術を知ってもらいたいと話す。
豪華絢爛(けんらん)とは対極のひそやかな美。ストールを肩に掛ければ、自分だけにしかわからない喜びに包まれ、点と線という至極単純でいて複雑な世界のことを、誰かに話したくなる。
----------------------------------------------------------------------------------
「江戸小紋のストール」 江戸時代に諸大名の裃(かみしも)の柄としてはじまったのが「江戸小紋」。やがて庶民の間でも親しまれるようになり、宝づくしや動物、野菜などの柄を染めて楽しんだ。型紙はすべて伊勢の職人が彫っており、非常に高度な技術は熟練を要する。「廣瀬染工場」は大正7年に創業。ストールブランド「comment?(コモン)」は、四代目がブランディングも務めている。シャーク柄3万1320円。ストールは柄や素材により価格が異なり2万7000円〜。http://komonhirose.co.jp/index.html
文、セレクト=つるやももこ 撮影=尾嶝 太
つるや・ももこ 旅・道具・暮らしと人をテーマに執筆を行なう。北九州市発行のフリーペーパー『雲のうえ』は今年で創刊10周年。11 月発行の25号は関門海峡を特集。海の仕事や海のそばの暮らしをレポートしています。