「山中漆器」 のモッチュ (石川県・加賀市)
街で、ベビーカーとすれ違うたびにぼんやりと思っていたことがある。小さな手が大事そうに握っている玩具に目をやると、そのほとんどがカラフルなプラスティック製。やわらかい赤ちゃんの皮膚に、その硬質な素材感を少々冷たく感じていた。そんなとき、加賀に伝わる山中漆器の「モッチュ」に出会った。
中央に開いている穴に市販の子供用ストローを挿し込めば、乳児のみならず幼児の飲みもの補助具になる。形の美しさはもちろんのこと、あらゆる子供用ストローの規格に対応できるように木地に穴を通すには精巧さを要するそうで、それには轆轤(ろくろ)に据え付けた木地を回転させながら鉋(かんな)で削る轆轤挽(び)きという技術が欠かせない。そしてこの職人技こそ、山中漆器の真骨頂と聞いた。
なだらかなフォルムに指を沿わせると、なんだかほっとするような、大人でも言い知れぬ安心感に包まれる。桜の木地に、漆を幾重にも摺り込むことで生まれるつややかでしっとりとした質感は、赤ちゃんの肌合いそのものだ。口に含めばおのずと漆器に体温が伝わって、気持ちがよいだろうなあと、小さいひとの気持ちになって使い心地を想像した。
ふと「肌理こまかい」という言葉があたまに浮かぶ。肌理はものの表面の〝あや〞を指し、木理(木目)とも書く。こまかいという言葉を添えることで、物事への〝心くばり〞に対しても使われる。そんな美しい日本語の世界が、この小さな道具には詰まっている。
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「山中漆器のモッチュ」
越前の国から山を越え、加賀市の山中温泉上流に移り住んだ職人によって伝えつくられてきた山中漆器が得意とするのは、挽物木地師とよばれる職人が、轆轤挽きでつくる椀(わん)などの丸物木地に、漆を何層にも摺り込んで仕上げる「拭き漆」の技法。木目がうっすらと見える仕上がりのため、木肌をきれいに仕上げる技術が求められ、石川県の3大漆器産地の中で、「塗りの輪島」「蒔絵(まきえ)の金沢」と並んで、「木地の山中」と称される由縁はここにある。桜の木地に漆をほどこした「モッチュ」は全6色で各3780円。「大島東太郎商店」http://crafts-oshima.co.jp/
文、セレクト=つるやももこ 撮影=尾嶝 太
つるや・ももこ 旅・道具・暮らしと人をテーマに取材・執筆を行なう。現在、福岡の障害者福祉作業所を不定期に訪ね、取材中。絵や彫刻など思い思いの創作に打ち込む彼らから刺激を受けています。