「熊野筆」のボディブラシ (広島県・安芸郡熊野町)
そばにあるだけで、うきうきと心が高揚する道具というのがある。〝愛嬌(あいきょう)〞があるといったらよいだろうか。家のもので言えば、桜の木のアイスクリームスプーンや、南部鉄器の栓抜き。自然素材は水に触れたままだと、かびたり錆(さび)たり。手入れの手間はあるが、その労力を差し引いても手元に残る道具は宝物となる。熊野筆のボディブラシもしかり。
肌に当てて完全に恋に落ちる。ブラシの素材は、やわらかさとコシを兼ね備えた山羊(やぎ)の胸元の毛を主に、化粧筆のために開発された細くなめらかな人工毛を混ぜている。手の甲に当てくるくると動かすと、細かな毛先が毛穴ひとつひとつに吸い付く感じ。お風呂場だけでなく、いっそパソコンの横に置いて、ずっと触っていたい。そんな愛おしさを感じる。
肌触りの秀逸さは、素材の良さだけではなく、職人の手作業によるところが大きい。毛束を揃えたら、小刀で逆毛やすれ毛を抜き、整えるのは熟練の勘頼り。筆山のカーブのちょっとした違いで肌触りが変わるから、品質を揃えるには、修練が伴うのだ。
江戸末期、奈良や有馬へ出稼ぎに行った熊野の農民が、書道筆を仕入れて売る傍ら、自らもつくりはじめたのが熊野筆のはじまり。書家や画家の筆さばきや字体に合わせて毛を混ぜたり毛筋を変えたり。芸術を陰で支えてきた職人の熱心な試行錯誤がいま、化粧筆やボディブラシにも生きている。ブラシを見つめ思う。美は一日にしてならず。道具に恥じることのないよう、せっせと自分も磨かねば。
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「熊野筆のボディブラシ」
広島県安芸郡熊野町で、江戸時代にはじまったとされる伝統工芸「熊野筆」。180年余り受け継ぐ技術で、書道の毛筆や画筆をつくる。化粧筆の開発は約50年前。伝統の筆づくりを守りながら、生活の変化に沿った筆やブラシを、各メーカーが開発している。洗顔ブラシやリンパドレナージュ用も揃うライン「SUVÉ(スーヴェ)」のボディブラシは1万800円~。製造・販売元「瑞穂」http://suve.jp/
文、セレクト=つるやももこ 撮影=尾嶝 太
つるや・ももこ 地域の暮らしや道具、料理について取材執筆を行なう。編集を担う京都・伏見とその周辺の暮らしを伝える冊子『百(もも)』が7月に創刊。北九州市情報誌『雲のうえ』23号は10月発行