「切り子」のバングル (東京都・港区)
静かな佇(たたず)まいである。氷のような硬質さを感じるかと思えば、朝露のように、触れるとすぐに流れて消えてしまいそうな儚(はかな)さも感じる。バングルの片端を手首の内側に押し付け、くるりとはめる。一瞬ひんやりして、やがてまろやかな感触が皮膚に伝わった。
厚みのあるこっくりとした質感は、素材に、丈夫で硬いパイレックス(工業用耐熱ガラス)を用いているからと聞いた。理化学用品を手がける職人により型を使わずつくられたガラス本体を、江戸切子の職人の元へ持ち込み、槌目(つちめ、金属を金槌で叩いたような)文様をほどこしている。
「質実剛健のパイレックス製品をわざわざ削ったことがない」「切子の刃は家庭用ガラスしか削れないのではないか」―-―。
「SIRI SIRI」のデザイナー、岡本菜穂さんの依頼に、当初、双方の職人はとまどったという。でも、彼女のあたまの中には理想のかたちと技術への期待があった。そうして、従来の江戸切子のきらびやかさとはひと味違う、静かな存在感が生まれた。
日本の各地には、手仕事による暮らしの道具がある。その熟練の技術を伝統と呼び、守り伝えながらも、つくる道具は常に暮らしに寄り添い、変化していくことが大切。そうすることできっと、多くの手仕事は自然と次世代へ繋(つな)がっていく。1人のジュエリーデザイナーが畑の違う技術を結びつけ、伝統を循環させることで生まれた切子のバングルは、その佇まいの中に、新鮮な驚きをも秘めている。
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「切子のバングル」 江戸切子は、江戸時代にはじまったカットガラスの技術。明治時代に入るとヨーロッパの技術も導入され、独自の世界をつくってきた。岡本菜穂さんいわく、もともと切子でジュエリーをつくりたかったわけではなく、あたまの中の表現(デザイン)を実現するための技術を国内で探したところ、たまたま江戸切子にたどり着いたという。切子のバングルは2サイズあり各3万8880円。「SIRI SIRI」http://sirisiri.jp/
文、セレクト=つるやももこ 撮影=尾嶝 太
つるや・ももこ 1975年生まれ。女子美術大学デザイン学科卒。40代を迎えて、生活を改めて俯瞰(ふかん)。好きなもの・こと=自分にとっての「宝もの」を見直して整理をはじめました。