東大生協で1番売れている意外な本は

東大生の読書生活を最も身近な視点から、見つめてきた東京大学消費生活協同組合駒場書籍部店長の辻谷寛太郎さんにお話を伺いました。

「大学生協は全国7ブロックに分かれていて、東大は関東甲信越ブロックに該当します。生協職員は通常、何年か働くとエリア内の他の大学へ異動するのですが、僕の場合は東大の駒場と本郷の書籍部を行ったり来たりで20年以上。ずっと東大生の読書スタイルを観察して、売り場を作ってきました」

まずは東大生協で売れた書籍の最新ランキングを教えてもらいました。

 

東京大学生協書籍部ランキング(2014年上半期)

1位 東大教授 (沖大幹/新潮社)700円
2位 思考の整理学(外山滋比古/筑摩書房)520円
3位 哲学入門(戸田山和久/筑摩書房)1,000円
4位 女のいない男たち(村上春樹/文藝春秋)1,574円
5位 方法序説(ルネ・デカルト/岩波書店)480円
6位 現役東大生が書いた地頭を鍛えるフェルミ推定ノート(東大ケーススタディ研究会/東洋経済新報社)1450円
7位 里山資本主義(藻谷浩介/角川書店)781円
8位 世界史 上(ウィリアム・H.マクニール/中央公論新社)1,333円
9位 理科系の作文技術(木下是雄/中央公論新社)700円
10位 お菓子でたどるフランス史(池上俊一/岩波書店)880円
※漫画、就職関連本を除く

 

4位の村上春樹氏の最新作や昨年新書大賞を受賞した7位の『里山資本主義』など、一般の書店でも売れている本がある一方で、1位の『東大教授』や3位の『哲学入門』、5位の『方法序説』といった他の書店のランキングではあまり見かけない本も上位に入っています。

「1位の『東大教授』は東大の生産技術研究所教授が“東大教授になるにはどうすべきか、なったらどのような生活が待っているか”と言った内容を書いた本です。東大の学生たちにとって、自らのキャリアに直接影響することもあって、よく売れたのだと思います。5位の『方法序説』は東進ハイスクール講師で、“今でしょ!”の流行語でも話題になった東大OBの林修先生が推薦されたこともあり、非常によく売れました。『哲学入門』は科学哲学が専門の先生が書かれた哲学書です。新書としてはページ数が多く、400ページ以上もあるのですが、非常によく売れました」

こうした深みのある本が売れ続ける一方で、近年、東大生の読書量は減少しているのだといいます。

「書籍に対する支出額で見ると確かにここ数年減っています。しかし、これは東大生に限らず、全国の大学生協のデータを見ても一貫して減少傾向です。読書金額が減っている原因は、仕送り額の減少と家賃の上昇にあると考えています。特に景気が悪化した2009年には減少幅が非常に大きい。特に下宿生の厳しい懐事情を反映しているのです。書籍購入額だけを見て“本を読まなくなった”と断じてしまうのは、少し的外れかもしれません」 

以下、東大生が一カ月にかける読書金額の平均です。

 

自宅生   3,190円/月(全国平均1,800円/月)
自宅外生  3,920円/月(全国平均2,050円/月)
 下宿生  3,800円/月(全国平均2,030円/月)
 寮生   4,440円/月(全国平均2,330円/月) 

 

購入額が減っているとはいえ、東大生は全国平均の倍近く本を購入していることがわかります。生協利用者へのアンケートで“今後増やしたい支出費目”について聞くと、「書籍費」がダントツで33.7%。全国平均の22.5%を大きく上回っているそうです。読書意欲はやはり旺盛のようです。

辻谷さんは書籍の売行きから見えてくる“東大生らしさ”をこう分析します。

「東大生は、学問の世界や時事的な話題に、非常に敏感に反応します。03年『メディア・コントロール』、『デモクラシーの帝国』、05年『靖国問題』、『希望格差社会』、『下流社会』、09年『就活のバカヤロー』などその時々に話題になっている社会派の本が非常によく売れます。ここ2年ほどは“ブラック企業”ものの書籍も良く売れています」

こうした本は一度火がつくと、理系文系や学年を問わず売れていく傾向にあるそうです。

「周りの東大生の多くに読まれている本、つまり皆が共有している知識=教養と認識されているのでないでしょうか」

また、話題になった本を読むだけでは飽き足らず、その元ネタにあたろうとするのも東大生ならでは、と辻谷さんは言います。

「例えば、村上春樹氏の『1Q84』を店頭に並べると、タイトルのもとになったジョージ・オーウェル氏の『1984年』も合わせて売れていきましたし、マイケル・サンデル氏の『これからの「正義」の話をしよう』が売れた2010年には、サンデル氏のもともとの思想を形成したジョン・ロールズ氏の『正義論』が非常によく売れました。話題になった本をきちんと押さえるのに加え、さらに一歩知識を深めようとする東大生の姿が感じられます。他の大学との大きな違いとして、東大生は割と高めの価格帯の本も買うというのも、新書・入門書だけでなく学術書も読んで知識を深めている表れかもしれません」

そして、何より特徴的なのが“思考力に関する本”がロングセラーになっていることだそうです。

「発売時期の関係で上半期のランキングには入っていませんが、東大法学部を首席で卒業したOGが書いた『天才とは努力を続けられる人のことであり、それには方法論がある』(山口真由/扶桑社)が非常に売れています。新入生が入る4月には毎年『思考の整理学』がよく売れますし、勉強法の本なども定期的にランキング上位に顔を出しますね」

意外だったのは、マンガもけっこう売れていることです。今回のランキングでは除いてありますが、実は今年上半期に1番冊数が多く売れた本はマンガ(『進撃の巨人』13巻)だとか。

「書籍全体でのランキングには、『ONE PIECE』や『進撃の巨人』のようなマンガ本も上位にかなり入ってきます。この辺は東大生の“普通の若者”としての側面ではないでしょうか。昨年から、7月末に「コミックまつり」というマンガ本を一斉値引きして販売するイベントを行ったのですが、テスト明けということもあって1,300冊も売れ驚きました。テスト明けは皆さんストレス疲れもあるでしょうし、これから夏休みという条件もあってか、漫画に限らず本がよく売れますね。昔は“大学生協に漫画を置くのは是か非か”という論争があったのですが、学生さん達は上手にオンオフを分けているように感じます。また、長期休みの前になると帰省前に沢山本を買い込んで、キャリーバッグに詰めて行かれる学生さんもいます。こうした知的探究心の強さには圧倒されますね」

では、これからの時期、夏休みから秋に向けて売れる本は何なのでしょうか。

「やはり東大関連の本ですね。東大の教育についての本、東大生が書いた受験関連の本、東大教授が学生向けに書いた読書案内などなど。既に棚も作ってあります。これからの季節、東大にはオープンキャンパスなどでたくさんのお子さんや受験生がお見えになります。大学のキャンパスも大学生協も開かれた空間になっているので、是非東大の雰囲気を肌で感じていただければと思います」 

夏休み、親子で東大の生協をのぞいてみるのも刺激になるかもしれませんね。